秘密保護法案に対するパブリック・コメント

以下のパブリック・コメントを提出しました。
2013年9月17日
  内閣官房内閣情報調査室御中
福岡市西区姪の浜4−8−2−3F
                         武藤糾明
                    tel 092−894−1781
第1 意見の趣旨
   日本国憲法の基本原理を尊重する立場から、「特定秘密の保護に関する法律案」(以下「本件法案」という)に強く反対する。

第2 意見の理由
 1 民主主義の過程(主権者である国民が、自由に政治に対する意思を形成すること)をゆがめるための合理的根拠がないこと
本件法案は、行政機関の長が「特定秘密」を指定し、これを外部に提供した国家公務員等を、現行の国家公務員法に定める守秘義務違反よりも著しく重い罰則で処罰するとともに、これを調査しようとした記者、国民等に対し、重罰を科す規定を創設しようとするものである。
本件法案は、1980年代に2度にわたり国会に提出され、当時のメディア・国民世論の広範な反対によって廃案となった国家秘密法案を、さらに処罰対象の範囲を著しく拡大したものである。その本質は共通しており、国家権力が保有している情報について、行政機関が恣意的に秘密を指定し、主権者である国民に知らせると不都合な事実を永遠に国民に知らせないことにより、主権者として自ら政治に対する意思形成をするための正しい前提情報を収集しようとする市民や、このような民主主義の過程に貢献しようとする記者などによる調査活動を、いわば「国家の敵」として厳罰に処すことが主な内容となっている。
 この法案は、国家が自分の都合のいい事実だけを国民にえさとして振りまき、不都合な事実を未来永劫隠ぺいして、自らの権力基盤をゆがんだ形で温存していくこと(いわば大本営発表)を可能とするものである。民主主義の大前提である、情報の自由な流通を正面から阻害することになるから、このような法案の立法化が是認されるためには、当該法案を必要とする具体的事情としての立法事実の存在が必要不可欠である。
 ところが、2011年1月4日に政府が設置した秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議(以下、「有識者会議」という)において紹介された過去の情報漏えい事案をみると、実刑に処せられたのは懲役10月に処せられたボガチョンコフ事件1件だけであり、現行の国家公務員法で定める守秘義務違反の法定刑(懲役2年)の範囲内の処罰で収まっている。ということは、現行法以上に厳罰を科すべき必要性がある事例は皆無と言うべきである。しかも、この事件も、特段秘密保護法など存在しないままで処罰ができているのであるから、秘密保護法の立法の必要性を裏付けることには全くならない。同事件も他の漏えい事件も、日本弁護士連合会秘密保全法制対策本部の事案分析によれば、十分な原因分析と必要以上とも言える対策が採られており、漏えい事件の再発を防いでいる。
 従って、秘密漏えいを防止するために新たな立法を必要とする立法事実は存在しないから、本件法案を立法化すべきでない。
2 「特定秘密」に指定できる情報の範囲が広範過ぎること
本件法案では、秘密指定の対象となる「特定秘密」の範囲を、(1)防衛、(2)外交、(3)外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止、(4)テロ活動防止の4分野とし、別表で項目を挙げている。
しかし、いわゆるスパイ防止法の際も、(1)と(2)のみが指定されていたにもかかわらず、広範すぎるという批判により廃案となっている。本件法案では、合理的な理由や必要性が示されることなく、内閣府からトップダウンで主権者である国民に対して(3)と(4)の追加が示されている(このようなあり方自体が、国民を主権者として取り扱おうとしない本件法案の性格をよく示している)が、これによって秘密指定できる情報の範囲は広範かつ不明確に過ぎる。
第1号(防衛に関する事項)は、自衛隊法別表第4と同じであり、何ら限定していない。
第2号(外交に関する事項)は、「安全保障」の範囲が防衛・軍事のみならず、無限定に広がるおそれがある。
第3号(外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止に関する事項)は、「外国の利益を図る目的」「我が国及び国民の安全への脅威」「その他の活動」「その他の重要な情報」など抽象的で曖昧な文言になっており、範囲が極めて不明確である。例えば、原発放射性物質の危険性に関する情報すら「我が国および国民の安全への脅威」とされかねない。
第4号(テロ活動防止に関する事項)は、政府がどのような「テロ活動」を想定するかについて歯止めがないし(適正評価の項目においては、テロ活動について、かっこ書きで「政治上その他の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要し、又は社会に不安もしくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他のものを破壊する行為を行う活動をいう。」との定義規定らしき定めがあるが、外延は不明確である)、政府のある活動がその防止のためのものかどうかも政府の主観的な判断次第であるから、いくらでも範囲が拡大してしまう可能性がある。
例えば、「原発の再稼働反対」という意志を強く表明し、国家の政策転換を求める集会やデモ行進をする市民について、国家権力の目線で見た場合に、「政治上その他の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要し」ていると恣意的に判断される恐れはないのだろうか。国策に反対することを強く表明する市民を「国家の敵」とみなして弾圧するのには都合のよい法案に見える。
第3号と第4号は、「スパイ情報」や「テロ情報」ではなく「スパイ対策情報」や「テロ対策情報」となってしまっており、要するに、「スパイ対策」や「テロ対策」という名目での日本国内の既存の諜報機関公安警察など)や、今後創設され、強大化されていく諜報機関(いわゆる日本版NSC)が実施したり、これから実施していく活動の中で、違法となる活動(適正手続きを経ない盗聴や、法律で許されていない情報収集活動、例えばウェブ上の通信履歴などの収集)を、「聖域」に指定し、諜報機関による行きすぎた市民監視を実施しても、すべて「実施していない」と否定し、逆に内部告発しようとする職員や、取材・調査しようとする記者・市民を「国家の敵」として処罰してしまうおそれがある。
これらに、「我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要」との限定要件を付するとしても、その文言自体が抽象的である上に、自分に不都合な情報を隠ぺいしたい行政機関が自ら判断することになっているので、厳格に運用される保障はなく、とうてい歯止めとはなり得ない。
3 人的管理はプライバシー侵害である
人的管理は、情報を管理する人の側に注目して、人の監視を強化することによって情報漏えいを防ごうとするものである。
確かに過去の漏えい事件を振り返ると、漏えい者について何らかの特異事情が見受けられる場合もないではない。しかし、様々なリスク要因があっても情報漏えいしない者がいる一方で、リスク要因がほとんどなかった者が情報漏えいすることもある。したがって、リスク情報を集積することにより漏えい事件を未然に防ぐことは困難である。
むしろ、技術的漏えい対策を検討している「情報保全システムに関する有識者会議」の配付資料では、警察庁、外務省、海上保安庁防衛省において、2006年2月から2008年5月にかけて、少なくとも10回、私有の記録媒体に保存された秘密が、ファイル交換ファイルの使用に伴い、インターネット上に流出した事件が繰り返されたことが記載されている。有識者会議で配付された資料の中の、「国際テロ対策にかかるデータのインターネット上への掲出事例」も、同じ原因と推測される。このように、主要な情報漏えいの原因は、人の要素と言うよりも、物的要素の方が頻繁である。したがって、まずなされるべきは、物的管理の徹底によって、情報漏えいを図ることである。2011年には衆議院全議員のメールIDとパスワードが流出し、参議院議員の情報も流出し、外務省および各国日本大使館へのサイバー攻撃が行われたほか、文部科学省のウェブサイトへのサイバー攻撃も行われた。2012年にも、財務省ホームページで不正アクセスによる障害が起こったほか、最高裁ホームページがサイバー攻撃により書き換えられたほか、防衛省総務省統計局なども攻撃の対象とされた。
職員の身辺調査を行うという発想は、このようなデジタル社会における、情報の安全保障の観点からはまったく時代錯誤かつピントのずれたものであるから、単に職員の思想調査をしたいというそれ自体を目的としているのではないかと疑われる。
上記の通り「テロ活動」の定義をみると、単なる国の政策に対する批判を行う市民としての表現行為を行った過去を暴くことを可能にしているように見える。
また、薬物濫用・影響、精神疾患、信用情報など、他人に知られたくない個人情報が相当含まれており、プライバシーを侵害するが、それを正当化できるほどの身辺調査による情報漏洩防止の有効性がなく、違憲というべきである。
本件法案は、行政機関職員等の同意を得た上で、第三者に対する照会等により調査を行うこととしているが、行政機関職員等が上司等から同意を求められた場合に、真に自由な意思に基づいて同意・不同意の判断を行うことは組織の性質から考えて不可能である。しかも、法律案の概要によれば、「適性評価の実施について同意をしなかったこと」は、「国家公務員法上の懲戒の事由等に該当する疑いがある場合」には、「目的外でも利用および提供を」してよいと定められている。これは、適性評価を拒否した職員の情報は、懲戒処分の検討材料として利用してよいと言うことをあからさまに認めているように読める。とすると、国旗国歌法の国会審議において、「強制にわたるような運用はしない」という政府側の説明が行われたにもかかわらず、実際には東京都などの下で、君が代の伴奏、斉唱等を良心的に拒否した教職員を懲戒して、事実上強制している現状と全く同じように、「本法の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める」とはしているものの、実際に法案さえ通れば、適性評価を拒否するような公務員等は、確実に懲戒されるものと覚悟すべきことになる。そのような前提の下で、真に自由な意志で同意をしないことは著しく困難であり、事実上の強制になることは必至である。
4 罰則が過剰である
 本件法案では、故意による情報漏えいだけでなく、過失による情報漏えいも処罰するとしているが、過失犯を処罰対象とすることは、責任主義の原則からして極めて問題である。
既遂の場合だけでなく、未遂の場合、共謀の場合、独立教唆の場合、煽動の場合も処罰対象としており、処罰できる行為の範囲が著しく広い。
また、本件法案では、国会議員、裁判官、情報公開・個人情報保護審査会委員などが故意又は過失により秘密情報を漏えいした場合には懲役5年以下の刑罰を課することにしている。裁判官及び審査会委員は国家公務員法守秘義務で十分に足りており、このような処罰規定を設ける必要はない。国会議員については国会議員間の自由な討論や政策秘書に調査させることを罰則付で禁止することになり、議会制民主主義が空洞化するおそれがある。
秘密情報を取得する行為態様が、「人を欺き」「人に暴行を加え」「人を脅迫する行為」「財物の窃取」「施設への侵入」「不正アクセス行為」「特定秘密の保有者の管理を害する行為」である場合、行為者は処罰されることになる。しかし、これらの行為概念はいずれも不明確である。特に「その他の特定秘密の保有者の管理を害する行為」は、それ自体が犯罪でないことを想定しているようであるから、そうだとすれば、処罰範囲は不明確である上に、過剰と言わざるを得ない。
5 結論
2020年のオリンピック誘致に成功する過程において、首相が福島第一原発の汚染水問題について「コントロールされている」と発言し、その後東京電力の担当者から否定されたことは記憶に新しい。
2013年9月15日付西日本新聞では、首相は、そのほかに、同じプレゼンテーションの場面において、福島第一原発事故による健康への影響について、「今までも、現在も、将来も、問題ないと約束する」と発言したこと、これに対し、解明に取り組んでいる被爆医療の専門家や、非難している県民から「知識もないのに無責任」と強い批判が出ていることが報道されている。
このように、国家権力を行使する機関の立場にある首相の言動を自由に批判すること、それを国家権力から不当に制限されないことは、主権者を国民と定める民主主義国家においては空気のように不可欠なものである。
私たちは、あたかもこのような権力批判報道を、当たり前の所与のものと考えがちだが、我が国の周辺においてすら、権力批判をする市民を監視・摘発する機構を備えた国や、国民によるインターネットの検索キーワードに制限を加えようとする国が存在することは周知の事実である。
秘密保護法は、自由な報道や、主権者である国民が、知りたい事実を正確に知った上で、政府を支持したり、不支持にしたりすることを妨げる恐れが大きい。少なくともこれを回避する手段はない。
報道によれば、報道機関は対象外とする除外規定を設けることを落としどころとして用意するように読めるものもある。しかし、有識者会議報告書は、外務省機密漏えい事件に関する最高裁判決を引用しており、取材方法が不当だと政府が判断した場合に、これを適用しない保障はない。
また、普通の市民に対し、次々と秘密保護法が適用され、処罰されていくことが繰り返された中における報道のあり方自体が、そのような政府によって注入された価値観(「国策に反対する市民は国家の敵」)の中で、現在の報道とは著しく異なっていくことも懸念される。そのような社会の下での報道機関の社会的意義は著しく小さなものとならざるを得ないだろう。この法案を容認することは、報道機関にとって自殺行為に等しい。戦争翼賛報道を行った過去をもつ報道機関は、この法案を決して他人事ととらえるべきではない。
従って、いかなる除外規定の策定や修正がなされようとも、本件法案が立法化されることに強く反対し、政府が本件法案を国会に提出しないことを強く求める。
以上