病床逼迫の原因

 2022年8月4日の日経新聞朝刊では、病床逼迫の原因について、医療従事者のうち、濃厚接触者が相当増加し、欠勤を強いられるためであると報じている。福岡大学病院も2病棟が閉鎖された。
 その中でも、千葉大医学部付属病院は、毎日の抗原検査で陰性であれば、自宅待機せずに業務に従事できるとしたそうだ。また、これは2021年8月から厚生労働省が認めていた運用とされる。
 ネットで調べると、神奈川県のホームページに以下の記載がある。
「また、ハイリスク施設や保育所等の従事者が濃厚接触者となった場合、外部からの応援職員等の確保が困難な施設であって、一定の要件(※2)を満たす限りにおいて、待機期間中、毎日の検査による陰性確認によって、業務従事は可能と示されています。
(※2)代替が困難な従事者、職員であることや新型コロナウイルス感染症のワクチン追加接種済みであること、無症状であること等。詳細は必ず下記の当該国事務連絡を確認すること」
  これは、一般市民には自宅待機させつつも、いわば緊急避難的に解除する規定に読める。
 2021年8月当時のコロナの変異株より、オミクロン株の方が毒性は減少している。オミクロン株は、BA.5より前は、肺で増殖しづらく、当初の新型コロナの特徴である、肺炎を起こすという性質が微弱化しているとされていた。したがって、この緊急避難的規定も、コロナの毒性低下に従って、もっと緩やかに解釈されてしかるべきものと思われる。(なお、BA.5は、それ以前のオミクロン株と比較して、肺でもより増殖する性質があると報じられていたが、感染症の専門医によると、それほど心配はいらないだろうとのことであった。その後、アメリカではBA.5メインでも重症化率が低いまま推移しているデータに接した。)
 そもそも、濃厚接触者のルール全体が厳格に過ぎるように思われる。第6波の途中からは、日本でも感染者数が増えすぎて、事実上保健所による濃厚接触者の特定、カウントが不能な状態に陥ったことは有名な話だ。
 一般的に、ウイルスには、最初が強毒性でも、変異のごとに感染力を増すとともに、毒性が逓減していく場合が多いといわれている(スペイン風邪は、2波の方が強毒化したらしいので、何事も「原則として」「傾向がある」と言うだけで、絶対ではないが)。
 後ろ向きの濃厚接触者の調査を、保健所が行っている国は他にほとんどないのではないかとの指摘は、当初からあった。ただでさえ脆弱な保健所のパワーをさく必要があるのか、ウイルスが弱毒化し、かつ感染力が著しく大きくなった場合はなおさらだろう。
 濃厚接触者に対する制限を一般的にもっと軽減しないと、医療機関も緊急避難的規定を適用しづらいだろう。その意味では、毒性の低下及び感染力の増大にともなうもっと根本的な政策の見直しが必要だろう。感染力が強いと言うことは、濃厚接触者も多数生まれるので、行動制限があるとそもそも社会生活が成り立たなくなるおそれがある(医療従事者等のエッセンシャルワーカーに対する緊急避難的規定はそのために設けられていると思われる)。
 病床の逼迫は、最終的には救急病床の逼迫につながるおそれがあり、助かるはずの命が助からなくなるおそれが出てくる。
 まさに、エッセンシャルワーカーは、今こそ、緊急避難的規定で出勤して「よい」というべきだろう。コロナ状況下において、医療従事者は、まるで感染源かのような扱いを受け、社会から厳しい差別を受けている。市民が安全に生活するためには、過度に萎縮した医療提供体制ではなく、濃厚接触者でも条件を満たせば医療提供を受け入れた方がよい、という社会の側の十分な理解が必要になる。
  結局、感染力の増大の反面として、毒性が低下していることに対する市民の理解を促すような、専門家やメディアの情報発信が求められている。毎日毎日、感染者数が増えたことばかり報道され、不安に思う市民は多い。市民や社会の不安感が強固で、過剰な行動制限が避けられず、めぐりめぐって生命健康の危機を招くような無限ループは、日本では誰も変えられないのだろうか。
 今、何が伝えられるべきか。政府も市民もメディアも一緒に考える必要があるのではないか。

「ただの風邪になった」と伝わらない謎

 2022年8月3日の毎日新聞朝刊によると、日本感染症学会など4学会は、2日、症状が軽く、重症化リスクが低ければ、「薬や検査のために慌てて受診することはない」と呼びかけたという。他方、経済再生担当相は、お盆で帰省する人の新型コロナウイルス対策として、今月5日~18日に主要駅や空港など117カ所に臨時検査場を設置すると発表した。これは矛盾していないか。
 新型コロナの第7波で、医療現場は「既に崩壊」とも伝えられている。無症状の帰省客に検査を勧めたら、現場の崩壊はさらに拡大するおそれがある。
 コロナ対策を徹底するのか、緩めるのかについて、根本的な視点が欠けている。
 最も重要なのは、BA.5の毒性だ。感染した場合にどのくらいの確率で重症化し、生命の危険に至るのか。オミクロン株では0.03%と報道されてきたし、2日の4学会の会見でも、重症化する人は数千人に1人程度と説明され(3日の日経新聞朝刊)、一致している。これを前提とすると、新型コロナは、「ただの風邪」になったと言ってよい。このフレーズは、感染症の専門医に聞いた言葉でもあるが、医学的根拠がある。一般的なインフルエンザの重症化率が0.5%とされ(タイプによりもっと低いものも、高いものもあるが)、第1波の頃は、重症化率が海外の統計で2%とされ、警戒された。インフルエンザの4倍に当たる。のどや鼻の症状がないまま肺炎が進展し急死する例もみられた。オミクロン株が流行した日本の第6波の始まり頃には、海外の統計で、オミクロン株の重症化率がインフルエンザの1.4倍までさがり、イギリスでは、途中で陽性者の行動制限さえ解き、「ただのインフルエンザ」扱いが始まった。これも一つの立派な見識である。
 日本で第6波が落ち着いてきた頃、重症化率が0.03%となり、これはインフルエンザの実に10分の1以下である。「ただの風邪」なら、心配して行列を作りPCR検査を受ける必要はない。無症状だったのに陽性と分かって慌てて医療機関をわずらわせても、誰も得をしない。
 欧米では、厳格なマスク着用を求めなくなって久しい。今年5月末に行ったオランダでは、すでに地下鉄でもバスでもマスク不要だったが、医療崩壊は起こっていなかった。
 いつまでも、毒性の低下を知らない国民は、もはや日本人だけになっていないか。2年前の「恐ろしい新型コロナ」という認識のまま、マスクからの出口戦略も、入国制限からの出口戦略も示せない日本は、海外から尊敬される国でいられるだろうか。スペインから帰国するために、今年6月に日本への乗り継ぎ便に搭乗する際に、1万円払って受けたPCR検査の結果を提出したが、他の国ではほとんど例のない厳格な国の要求に対し、「お気の毒に」という係員の神妙な表情は忘れられない。
  少なくとも、今の変異株の毒性の程度を伝え、「過剰な不安感」から市民を解放してほしい。専門家・メディアの役割が今ほど重要なときはない。新規感染者の数の報道ばかりでなく、それに負けないくらい、「ただの風邪」になったことを他の国と同じように伝えてほしい。
 もちろん政府も、EBPM(科学的根拠に基づく政策形成)を実践し、不要不急の検査場設置などやめることだ。今ほど、専門家に従った政策転換が求められるときはない。
 変わるべき時に変われない、頑迷な、あるいは信念もなくただずるずると前例を踏襲するだけの保守主義は、日本人を幸せにしないだろう。

 こういうことを書くと、反射的にデマととる人がたくさん出てくるデジタル社会ではある。想定される反論1は、「オミクロンを放置したらたくさんの人が死ぬのではないか」。しかし、今2類なので、陽性がわかると病院では隔離の対象となり、施設によっては、その分救急患者のためのベッドが減る場合もあり得る。コロナ重症者が全国で464名(6月2日現在)なのに救急搬送が困難となっているのは、コロナ以外での入院患者の陽性判明による隔離措置が災いとなっていることが予想される。陽性でも今ほどの特別扱いをしないようにする方が、救急患者の受け入れ拡大による救命につながるだろう。
 反論2は、「オミクロンは絶対安全とでも言うのか」。0.03%なので、基礎疾患がある方、高齢者等は死亡することもある。それは誰も否定していないし私も否定しない。逆に、あまりにいつものことで報道されないものの、普通の年でも、高齢者等は、ただのインフルエンザでかなりたくさんの方が亡くなっている。高齢者における死亡原因の上位に肺炎があり(65歳以上なら4位、80歳以上ならなんと3位である)、これにはインフルエンザをこじらせたものも多い。それと比較すると安全だから、特別扱いをするのはバランスを失するという意味である。
 反論3は、「マスクは無意味とでも言うのか」。そんなことはない。ただ、飛沫感染ではなく空気感染(エアロゾル感染)が主体なので、野外ではほとんどの場合意味がなく、閉鎖空間かつ20分以上継続して2メートル以内にずっと誰かがいる、かつ換気不十分という状況下ではした方がよい(が、ただの風邪だからそれも不要とする海外の対策は合理的である)。私は、不特定多数がいる屋内・公共交通機関ではマスクをし、手洗いも飛沫感染対策にすぎないが行っている。同調圧力に負け、人混みのある市街地では、野外でもつけることはある(残念だが)。何もかも無駄だと言うつもりはない。
  反論4は、「あなたは医者じゃないではないか」。それはもちろんそうだ。ただ、公衆衛生政策では、過去に、感染のおそれを過剰に見積もり、適切な限度を超えた過剰な人権制限(人権侵害)が繰り返されてきた。ハンセン病国賠訴訟では、感染のおそれが低いのに人生を奪われた壮絶な人権侵害が暴かれた。判決は、感染予防に必要な最小限度の人権制限しか許されないことを前提として、国の責任を認めた。「2年前のウイルスが強毒性だったから」という理由で、いつまでも2類指定を解くことなく、ただの風邪に人手や貴重な税金などの資源を過剰に投下する国の政策は誤っている。そう訴えるのも、医療の専門家ではないものの、人権擁護を法律でもとめられている法律の専門家の責務ではないだろうか。
  反論5は、「もうコロナ対策は不要と言いたいのか」。リスクがゼロではないが、対策は緩和すべきであり、早く日常に近づけた方がよい。ただ、新たな変異株の毒性を、慎重に監視し続ける必要はある。将来強毒化するおそれはゼロではない。あくまで、今流行している変異株の毒性にあわせた、機動的な政策対応が求められている。その意味では「法改正しないと類の指定が変えられない」などと言った建付けであってはならないのは当然だ。数ヶ月おきにも生じうる変異株への対応を全部国会で決めるのでは遅い。毒性の程度を常に国民に公開して十分説明を行うこと。EBPMの実践と、市民への説明責任を果たすこと、いま政府に求められていることはそれをおいて他にない。

スマホとマイナカード

  「スマホとマイナカード」という表題で、しんぶん赤旗の5月5日、6日の朝刊に記者のインタビュー記事が掲載されました。

 インタビュー部分のみ、掲載します。


-プライバシーの侵害が心配です。
 いま、世界中でスマホとパソコンが利用され、GAFA(ガーファ=グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれるプラットフォーマーが、世界中の人々のインターネットでの個人情報を利活用して、利益を上げています。ある人が見た動画やサイトの種類、検索した言葉などすべて記録して、それに合わせて商品購入を勧めてきます。例えば病名を検索すると、それに合わせた薬の広告が表示されます。家族以上に正確に好みや思想、弱点を把握し、丸裸にされている状態です。
 このような情報の統合をプロファイリングと呼び、これを拒否して、個人のプライバシーを守る手段が必要だというのがEU(欧州連合)のルールです。プロファイングの手段は、クッキーなど、インターネットサイトのアクセスの目印になる識別符号です。アメリカでもEUでも、クッキーは拒否できます。ところが日本では、利用目的を公開していれば、本人が知らなくても原則としてクッキーを無断で使用できます。
 実は総務省では、今年の電気通信事業法改正で、クッキーに対して事前同意を求める制度を導入しようとしたようですが、通信事業者の反対で葬り去られました。
-  マイナンバーの現状はどうですか。
 マイナンバーは、本人ですら、勝手に他人に知らせることを禁止された番号で、その利用範囲の限定の厳格さによって、プライバシーを保護する仕組みです。それでも、政令により、税や社会保障という当初の目的以外の行政事務に利用範囲が拡大しています。しかも、マイナンバーカードで使用される識別符号は、民間にも開放され、明確な利用制限はありません。歯止めのない利活用の推進は、プライバシーへの重大な脅威です。
 また、カード取得者の顔認証データは、現在自治体が管理していますが、国が管理する方向に向かっています。
 顔認証は、指紋の1000倍の識別性があるので、健康保険証や運転免許証と連動させて国が事実上強制的に全国民の情報を収集管理することは、民主主義国家ではありえない野蛮なプライバシー侵害です。
- この先どんな社会が待ち受けていますか。
 極端な例として、中国が挙げられます。中国国内には顔認証カメラが6億台設置され、通行する市民の行動を常時監視しています。クレジットカードなしで顔だけで商品が購入できる、「便利」な社会です。
 他方、赤信号を無視した歩行者は瞬時に個人が特定され、周辺ビルの大型スクリーンに顔と名前が映し出され、罰金を科されます。政府を批判することは犯罪とされているので、カメラで撮影され逮捕された例もありました。「天網」というこの仕組みは毎秒30億人分を照合可能だといいます。
 日本でも、警察が法律の根拠もなく犯罪捜査に利用しており、JR東日本も公共空間で顔認証カメラを使用しています。法律によるルールのない顔認証データの収集・利用は原則として禁止すべきなので、日弁連はこれらに反対しています。
- 弾圧につながる可能性があるのですか。
  中国のような顔認証による監視のほかにも問題があります。
 スマホでは、GPS(全地球測位システム)をオンにしている人が多く、これでは発信機と同じ状態で、移動履歴が筒抜けです。
 戦争反対を訴えデモ行進に参加している人は、同じ時間・場所・速度で移動している集団として特定できます。
 イスラエルの治安当局は、コロナの接触確認アプリを利用してデモ隊の参加者を特定し警告を発しています。
 日本では、2017年の最高裁判決で、法律なしにGPSの位置情報を収集することは違法とされていますが、技術的な設計が誤れば危険です。
 今の政府は、民主主義のルールにのっとり意思表示する人を危険人物扱いしています。辺野古の基地反対運動への監視が典型です。警察によるマイナンバー利用に対しては、個人情報保護委員会の監督が及びません。「市民監視」に対するプライバシー保護のルールがないので、問題です。
 日本の個人情報保護法はクッキーの事前同意も一律には求めておらず、世界の潮流に遅れています。スマホ時代のプライバシー保護にはマッチしておらず、GDPR(EU一般データ保護規則)の水準まで引き上げる必要があります。
- 今度の運動の展望は。
 データの利活用一辺倒の政府の設計図は危険です。
 また、理想のデジタル社会については、私たちも考えるべきです。コロナの自宅待機者に、同意した人に対してウェアラブル端末を貸与して、健康状態により自動で救急通報するシステムが考えられます。救急搬送先も、救急隊員が電話で何時間も探すというのは恐ろしく時代遅れで、一刻も早くデジタル化し、21世紀の先進国の水準にすべきです。
- 日本国憲法との関係は。
 そもそも絶対的権力は必ず腐敗し、国民を脅かします。「悪いことをしていないなら気にする必要がない」というのは、ナチスの言い方です。EUがプライバシー保護に熱心なのは、ナチスに対する深い反省と、それを忘れない不断の努力です。
 ロシアや中国のように、政府批判の抑圧や監視は弾圧や戦争へ向かう道です。先人の苦労や犠牲の上に勝ち取られた権利章典としての憲法の価値を今こそ再確認する必要があります。
 自由で快適な社会を将来に引き継ぐために、主権者としてNOと言い続けましょう。

列車内の「防犯カメラ」設置を義務化することに反対する会長声明

 本日、日弁連で、表記の会長声明が出されました。

https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2022/220322.html

 

国土交通省は、2021年12月、京王線車内で同年10月に起こった刺傷放火事件の再発防止策として、鉄道会社が新たに導入する車両に「防犯カメラ」を設置するよう義務付けることを前提として、設置すべき「防犯カメラ」の技術基準などを話し合う有識者会議を開催した。

 

同事件では、「防犯カメラ」が車内に設置されていなかったため、鉄道会社は状況把握に時間がかかったとされている。国土交通省は、被害を最小限に抑えるためには、車内の状況を迅速に把握する必要があると判断し、来年度にも国土交通省令を改正し、「防犯カメラ」の設置場所などの基準を盛り込みたいという。

 

しかしながら、罪のない不特定多数の市民に対する肖像権侵害が避けられないことから、「防犯カメラ」の設置については、少なくとも、その場所における犯罪等の発生の相当程度の蓋然性のほか、設置により予防効果が具体的に期待できること(防犯の有効性)が必要である。しかるに、危険物の持ち込みを防ぐ効果は、飛行機への搭乗時と同様の手荷物検査といった手段でなければ期待できない。また、京王線刺傷放火事件など、自暴自棄となって周囲を巻き添えにする自殺目的である場合や、逮捕されたり処罰されたりすることを恐れない者に対しては、「防犯カメラ」の設置で犯罪を予防することはできない。国土交通省自身も防犯効果には言及しておらず、困難と理解しているのかもしれないが、そうであるとすれば、設置の必要性には乏しい。仮に車内犯罪発生時における被害拡大防止を目的とするのであれば、警備員の配備その他の手段の方が人権侵害の程度が低い上に有効性が期待できるのであり、やはり「防犯カメラ」の必要性は乏しい。

 

そもそも、犯罪防止には、格差社会の是正や、孤立対策などが求められるのであり、単に監視社会のインフラが拡大するだけとなりかねない「防犯カメラ」の義務化には問題がある。

 

加えて、長時間停車する予定がなく密室状態が継続する新幹線等の鉄道と、例えば、1両編成で乗客も少なく、過去に車両内で傷害や殺人等の事件が起こったことのないローカル鉄道とを区別することなく、一律に「防犯カメラ」の設置を義務付けるような不合理な政策がとられれば、地域の公共交通機関に過剰な負担を課すことにもなる。

 

また、当連合会が2012年1月19日付け「監視カメラに対する法的規制に関する意見書」以降繰り返し意見を述べてきたとおり、「防犯カメラ」の設置・運用に対しては、市民のプライバシー権を守るために、適切な法律を制定してそのルールに従うという体制を一刻も早く整えるべきである。

 

よって、当連合会は、目的と手段とを慎重に検討することなく、また、設置運用に関する法的ルールもないまま、鉄道車両内への「防犯カメラ」の設置を義務付けることには、強く反対する。

 

 

 2022年(令和4年)3月22日

日本弁護士連合会
会長 荒   中

「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」について

 日本弁護士連合会は、表記の意見書を本年9月16日に承認し、翌日関係機関に発送しました。https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2021/210916.html
  日弁連は、2012年1月19日に「監視カメラに関する法的規制に関する意見書」で監視カメラに関する法律による規制の必要性、とりわけ官民を問わず、顔画像から生成されたデータベースとの自動照合による個人識別機能(顔認証システム)を使用することの禁止を提言しました。2016年9月15日には、「顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」を公表し、警察が顔認証システムを実用化したことに対して、重大組織犯罪の捜査等に限定するなどの内容の法律を制定して、コントロールする必要があると提言しました。
 しかし、その後も、コンサートチケットの転売防止目的や、店舗の万引き防止目的での導入が民間で普及し、行政機関においても活用され始めています。
 指紋の1000倍という認証精度を持つようになった顔認証データによる効率的な監視は、ひとたび誤れば特定人の過去から将来までの行動検索を可能とし、著しいプライバシー侵害となり得ます。
 少なくとも、警察以外の行政機関も、民間等でも、その利用には明文の法律による要件や基準の事前明示が必要であることを提言しました。また、①現在も活用が広がっている警察による顔認証捜査や、②顔認証システムの利用を前提とした、個人番号カードの健康保険証としての利用の中止、③個人番号カードを健康保険証、運転免許証等とひも付けることにより、さらに顔認証システムの利用範囲を拡大させることの中止を提言しました。
 JR東日本による、指名手配犯、「不審者」等に対する顔認証システム運用の報道と相まって、社会の関心が高まっています。
 欧米の民主主義国家と、「人権」や「法の支配」の価値観を共有し、国際協調を計れるよう、民主主義国家であればどんな国でも必ずなされている、市民に対する人権侵害を伴う行政機関(特に警察)の権力行使は、主権者の代表者が慎重に議論して決めた「法律」に従って行われるべきだというルール(=法治国家。その法内容が、人権制限が必要最小限度になる内実を備えていることを求める概念が「法の支配」)を守ることが必要です。
 行政機関が、自分の裁量で、自由自在に科学技術を行使して国民の監視ができる国家は、到底民主主義国家とはいえません。

除斥期間の適用を限定し、司法の役割を果たした最高裁判決-B型肝炎九州訴訟判決

「青年法律家」no604(2021.6.25)に掲載されました。巻頭に掲載していただきました。
1 はじめに
 2021年4月26日、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は、国の予防接種にもとづきB型肝炎ウイルスに感染した被害者のうち、慢性肝炎発症後いったん鎮静化した後に再発した被害者は、再発時から除斥期間の起算を開始すると判断して、被害者らの請求を棄却した原判決を破棄し、福岡高裁に差し戻しました(原審は損害額を判断せず棄却)。
2 B型肝炎訴訟における慢性肝炎被害者に対する除斥期間の問題
 B型肝炎訴訟は、6歳までの間にうけた国の集団予防接種の際にウイルスに感染させられたとして国家賠償を求めている裁判です。2006年6月16日、最高裁判所は、先行訴訟の5人の原告全員について、国の責任を認める画期的な判決を下しました。この判決も、慢性肝炎の発症は提訴の20年以内である被害者に対し除斥期間を適用した原判決を破棄し、2004年4月27日の筑豊じん肺訴訟最高裁判決(以下、「じん肺判決」)同様、予防接種時ではなく慢性肝炎の発症という損害発生時を除斥期間の起算点としました。
 その後も被害救済の責務を放棄した国に解決を求め、2008年に全国で集団訴訟を提起しました。厚労省前座り込みや国会での追求などをへて2011年6月28日、被害者認定基準と支給される和解金額の枠組み合意である基本合意を、全国原告団弁護団厚生労働大臣との間で締結しました。慢性肝炎被害者に対して、「発症後提訴までに20年を経過したと認められるもの」に対し、除斥期間の適用を前提として1250万円の損害賠償金を支給をせず、150万円または300万円の「政策対応金」を支給する内容が含まれていました。肝硬変や肝がんなどの重症の被害者の命のあるうちの迅速な救済を実現する必要性からの、苦渋の決断でした。和解を仲介した札幌地裁の裁判長も、国会での適切な解決を求めるとコメントしました。2011年秋の臨時国会で特措法ができる際も、原告団は「立法するなら除斥を乗り越えるべきだ」として区別の法定化に反対しました。
長い期間苦しんだ肝炎患者が、古いカルテが保存されていた偶然で切り捨てられる不合理などがあり、可能な限り除斥問題も乗り越えられるよう個別事例で闘ってきました。
3 B型慢性肝炎の可逆的損害における、確実に証明可能な将来損害
 B型慢性肝炎は、幼少期の感染によりキャリアとなった後、20代前後に免疫応答で肝炎を発症し、6ヶ月以上継続する病態です。年率10パーセント強でウイルス変異(セロコンバージョン)が起こり、数年の経過で鎮静化し非活動性キャリアとなります。自分が慢性肝炎を発症するか否か、それがいつかは不明なので、じん肺同様、その発症時は独立の除斥期間の起算点となります。他方、じん肺は、いったん発症すると、少なくとも同程度の症状は生涯継続する(不可逆的損害)ため、その限度での損害は発症時に確定します。しかし、さらに重症化するか否か、それがいつかが不明なため、労務管理上の法的区分である「管理区分」が進展すると、その時点が独立の除斥期間の起算点となります。
 B型慢性肝炎の場合、最初の発症時には、数年間の肝炎継続被害と、その後鎮静化して生涯非活動性キャリアが続く被害は確定的といえます。ところが、鎮静化した後、10%~20%の症例では肝炎を再発します。最初の発症時において、将来の抽象的な再発可能性はありますが、自分が確実に再発するかは不明であり、その時期も不明です。すると、肝炎鎮静化後の再発は、じん肺の管理区分の進展と同じく、最初の発症時とは独立の除斥期間の起算点となります。これが受理申立理由であり、認められました。
 原審(福岡高裁平成31年判決)は、合理的で自然な1審判決(福岡地裁平成29年判決)を無理矢理覆しました。それは、慢性肝炎という病態は全部1個だと言うだけで論理は不明でした。しかし、それでも2%未満という確率でしかひっくり返せないのが上告審です。
 私たちは、じん肺判決等の最判違反を中心として上告受理理由としました。補充書も5まで提出するとともに、要請行動を重ねました。
 最高裁判決の判断は概要以下の通りです。
 B型肝炎に関する知見によれば、①再発の肝炎(HBe抗原陰性慢性肝炎)は、慢性B型肝炎の病態の中でもより進行した特異なものと言うべきであり、②どのような場合に再発するのかは現代の医学ではまだ解明されておらず、③最初の慢性肝炎(HBe抗原陽性慢性肝炎)の発症の時点で、後に再発することによる損害の賠償を求めることも不可能であるから、再発の損害と最初の発症の損害とは質的に異なるものであって、再発の損害は、再発時に発生し、そのため除斥期間の起算点も再発時となる。
 「あらかじめ客観的に証明し得ない不確実な将来損害」は、現にその個人に生じたときに客観的に生じる、この理は最判昭42年7月18日で示されており、受理理由の一つとして挙げたこの最高裁昭和42年判決違反も、排除されませんでした。 「あらかじめ損害を請求し得ない時点」に、権利消滅のためのカウントダウンをすることは許されないという法理が示され、被害者を救済し、司法の役割を果たしたすばらしい最高裁判例といえます。
4 迅速かつ全体的な解決を
裁判長の補足意見では、満額支給が示唆された上、「極めて長期にわたる感染被害の実情に鑑みると、上告人らと同様の状況にある特定B型肝炎ウイルス感染者の問題も含め、迅速かつ全体的な解決を図るため、国において、関係者と必要な協議を行うなどして、感染被害者等の救済に当たる国の責務が適切に果たされることを期待するものである。」とされました。
 ほかに100名以上いる再発型の肝炎被害者のほか、2陣として福岡高裁に係属中の継続型事案(極めてまれな、鎮静化せず長期継続するもの)も含め、国に、「法の支配」に基づき除斥問題の迅速かつ「全体的な解決」(可能な限り除斥期間を適用しない)を求めていきます。

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

 本日、福岡県弁護士会で下記声明が発出されました。

 デジタル関連法案は、その膨大な量と参照のしにくさから、全体像を把握できている人は日本中にごくわずかしかいないのではないかと思われます。これまでの制度を全部ガラガラポンで一から作り替えるような壮大な改革ですが、懸念についてきちんと伝える報道が少なすぎるのではないかと思います。

 

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

1 はじめに

  本年3月,マイナンバーカードと健康保険証の一体化の試験運用が開始され,今秋にも本格運用が開始されようとしている。さらに,特別定額給付金の支給が迅速に行われなかったことの改善などを目的として,マイナンバーカードの積極的な活用を一つの柱とするデジタル関連法案が国会に提出され,すでに衆議院で一部修正の上承認され,参議院で審議されている。これらには,以下に述べる問題点がある。

2 マイナンバーカードの義務化について

 (1) 権利が義務になる問題点

健康保険証の一体化に加え,マイナンバーカードと運転免許証の一体化も,2024年度を目標として進められている。健康保険証については,現行のものを廃止することにより,政府は2022年度末にはほぼ全国民がカードを取得することを目標にしている。医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないのなら,利便性を求めるものの権利ではなく,事実上の義務化に逆転すると言うほかない。

  当会は,マイナンバー制度に対して,病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり,プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードが任意の制度とされている趣旨は,プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。事実上の義務化は,このプライバシー保護の根幹を犯すものとして許されない。

また,入力ミスにより,本人の患者情報が確認できない不具合のほか,他人の患者情報がひも付けされるなどの重大な問題事象が生じたため,本年3月の本格運用がいったん延期されている。本格運用がなされれば,同意を前提として患者の投薬状況等について照会が可能となるが,内容が誤っている場合,他の患者のプライバシーを侵害するばかりでなく,誤認により本人の適切な治療が妨げられる恐れすらある。ヒューマンエラーを前提とすると,利便性があるとは到底考えられず,生命健康の利益を上回るはずがない。

これに対し,健康保険証との一体化のメリットとして資格過誤の防止が挙げられているが,係る資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも,現行の健康保険証が併用されること,なりすまし防止のためには目視でもよいことからすると,患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックは過剰なプライバシー侵害として,いわゆる比例原則に反している。

さらに,法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを,日常生活で頻繁に利用され,携帯されることも多い健康保険証と一体化することは,制度的に矛盾しており,紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。

(2) 顔認証チェックの既成事実化について

   また,マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ,医療機関の窓口では,カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し,顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。

しかしながら,顔認証データは,指紋の1000倍の本人確認の精度があるため,我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが,その収集・利用が強制である場合,必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。

この点,当会は,2014年(平成26年)5月27日に,警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり,プライバシー侵害ばかりでなく,市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。

EU(欧州連合)では,GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ,空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても,同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。

我が国でも,顔認証チェックによる本人確認について,民間における顔認証データの利用場面においても,利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。

3 デジタル関連法案について

   また,すでに衆議院を通過し,参議院で審議中のデジタル関連法案は,当会が一貫して反対しているマイナンバーの利用拡張を内容とする預貯金口座の管理法案を含んでおり問題がある。

この点,デジタル関連法案には行政機関が保有する個人情報を,省庁の垣根を越えて共同でクラウド管理する(ガバメントクラウド)ことが含まれている。そのため,行政機関が保有する個人情報は,今後市民が知らない間にさらに自由に利用される懸念がある。現状でも,国が保有する個人情報について,匿名加工をして民間での利活用を図るとして,すでに国を被告とする訴訟の原告団情報が対象とされているとも言われている。

しかし,国が取得した情報は,国が自由に処分してよいわけではない。医師や弁護士が取得した情報は,守秘義務で守られ,勝手に処分されないルールにより,市民はプライバシー侵害を恐れずにサービスを受けることができるのである。

形式的には,ガバメントクラウドの対象となるのは,行政機関個人情報保護法の解釈で適合したと行政機関自身が判断したものとされるが,個人情報保護法適合性とは別の枠組みとして,プライバシー権侵害の必要性・相当性の観点から,不法行為が成立する可能性があることに配慮しておらず,適当ではない。国に対する市民の裁判を受ける憲法上の権利(憲法17条,32条)の保障に抵触する可能性すら考えられるのであり,到底許されない行為である。

現状の行政機関個人情報保護法においては,「相当の理由」さえあれば個人情報を本人の同意なく目的外利用できる条項が定められており,これを市民がチェックする機会もなくクラウドでさらに利用範囲を拡大することは危険を伴う。このようにプライバシー侵害を防ぎ得ず,拡大しかねないデジタル関連法案について,その危険性を十分に市民が理解していないまま成立させることには重大な問題がある。

そもそも,デジタル関連法案は,多くの法案と条文の変更を含んでいるにもかかわらず,全体像の主権者へのわかりやすい開示はなされておらず,リスクが周知されているとは到底言いがたい。当会としても,判明した問題点の1部を指摘できただけであり,全体像とその問題点には未だ解明できていない部分も残されている。

4 結論

よって,マイナンバーカード保有の事実上の義務化のみならず,法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは,重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり,許されない。

また,デジタル関連法案は,拙速な審議で可決されるべきではなく,参議院において否決され,廃案とされたうえ,十分な周知と主権者が同意・不同意を検討する時間が付与されるべきである。

             2021年(令和3年)5月6日

                       福岡県弁護士会会長 伊 藤 巧 示