秘密保護法と「ある北大生の受難」

 2013年9月5日18:00から、弁護士会館2階講堂で、日弁連の秘密保全法制シンポが開催されました。
 藤原真由美弁護士は、1941年12月8日に北海道帝国大学の学生の宮沢弘幸さん(当時22歳)が逮捕された事件について報告されました。
 この学生が逮捕された罪名は、「軍機保護法違反」です。「軍機」とは、軍事機密だそうです。
 容疑の内容は大学予科英語講師のアメリカ人のレーン夫妻(宮沢さんと同時に裁かれた)に以下の「軍事機密」を「探知」したり「漏えい」したことでした。
 1 根室に海軍飛行場があることを探知し漏えい
 2 樺太の大泊にある海軍の油槽設備の内容を探知し漏えい
 3 中国の南京に中支派遣軍の司令部、上海に多数の駐屯地があることを漏えい
 これに対する弁護側の主張は以下の通りでした。
 1 1931年にリンドバーグが同飛行場に飛来しており周知の事実だった
 2 勤労奉仕で油槽設備の工事に携わっており探知したのではない。同設備は軍事機密に該当しない。
 3 南京や上海に軍事施設があることは近時では、国内外で明らかになっており、高度な秘密に当たらない
 
「探知」というのは、ことさらに嗅ぎ回るようにして調査すると言うことだったけれども、1は、旅行帰りの汽車の中で聞いた話で、2、3は日常生活上で知ったことだったので該当しない、というのが藤原弁護士の説明でした。
 また、1〜3はいずれもある程度の人であれば誰でも知っていることで、秘密には該当しないはずだったそうです。
 宮沢さんは懲役15年、レーン夫妻は懲役15年と12年の判決を受け、確定しました。
 1審判決を下した裁判官はその後弁護士になりましたが、藤原弁護士がインタビューしても、「覚えてない」と回答したそうです。
 この事件は、北海道の特高が中央にアピールするため、スパイ事件をでっち上げた可能性や、アメリカで捕まった日本人スパイと交換するための駒として、夫妻をアメリカのスパイにしたという仮説が北海道新聞で紹介されています。
 宮沢さんは、終戦後釈放されましたが、拘束中の拷問、虐待の果て、体重は20キロほどで、その後結核で間もなくなくなりました。
 宮沢さんの家族も、「スパイ」の家族として近所同士で組織される「隣組」から監視され、逃げるように引っ越しを繰り返しました。
 レーン夫妻の11歳の幼い双子は、アメリカの親族に預けられることになりましたが、「敵国からの転入生」として迫害されました。
 息子を失った宮沢さんの母は、戦後訪れたレーン夫妻に対し、夫妻の供述で息子が有罪になったと思い、息子の墓の場所も教えず追い返しました。
 宮沢さんの母は、息子の裁判で、かけられた容疑を弁護人に尋ねましたが、教えてもらえませんでした。弁護人が教えたら、弁護人自体が軍機保護法違反で処罰されてしまうからです。
 この事件を調査した上田誠吉弁護士から「事件そのものが国家によるでっち上げ。夫妻のせいで逮捕されたわけではない。」と宮沢さんの母が聞いたのは、1986年頃のことでした。すでにレーン夫妻が亡くなった後でした。
 
9月3日に「秘密保護法」の法律案の概要が公表されました。
 秋の臨時国会にも提出されると報道されていますが、未だに条文は公表されていません。
 従来の提案の中で主要な3つの秘密のうち、1「防衛」秘密、2「外交」秘密とならぶ「公共の安全・秩序の維持に関する」秘密という漠然として無限定な秘密は、3「外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止に関する」秘密と、4「テロ活動防止に関する」秘密となりました。
 これらの秘密は、仮に国の違法行為があっても、公務員が報道機関に通報したり、逆に記者が取材を申し込んだりした瞬間に、逮捕・起訴されることになります。
1、3の秘密は、まさに宮沢さんが処罰された「軍機保護法」そのものです。
 1、2、3は、1980年代に国会に提出され、当時のメディア、労働組合などが一致して反対して廃案となった「スパイ防止法」の性格をもつことを明らかにしています。
 1937年の軍機保護法改正の際、帝国議会では、対象となる秘密について「不法な手段を使わなければ探知できない高度な」ものに限るとの付帯決議がされました。しかし、そのうち完全に無視され、歯止めの効果は全くありませんでした。
 1999年に制定された「国旗国歌法」では、国会審議で、「強制にならないように運用する」ことが確認されましたが、東京都下の小学校などで強制され、教職員に対する行政処分が繰り返されていることは周知の事実です。
 「濫用しない」と付記したり、「報道機関は適用除外する」などの修正を加えたとしても、「秘密保護法」を実際に運用する、今の内閣や行政機関がエスカレートするのを止める手段はありません。
 私は、スパイもテロも悪だと思いますが、秘密保護法が守ろうとしているのは、「スパイ対策」や「テロ対策」として、国がどういう方法をとっているのかを、絶対不可侵の「聖域」にしていることなので、全く筋が違うと思います。
 つまり、国が、「スパイ対策」や「テロ対策」という名目で、市民の電話を盗聴したり、メールやインターネットのアクセス履歴を自由自在に収集、分析する違法行為を行っている場合に、それを調査しようとしても、「絶対不可侵のテロ対策にたてつく輩」として、直ちに逮捕、起訴されてしまうことになります。
国の違法捜査、違法な情報収集行為に対する調査、告発行為を絶滅させないためには、秘密保護法は、制定されるべきではないと思います。
 たとえ、国際間におけるテロリスト情報の流通が必要だとしても(秘密保護法がなくても、現時点でも行われていると思いますが)、報道機関や市民に牙をむく秘密保護法は全く不要です。「反対するやつは、スパイやテロリストの味方か」などといった、感情的なワンフレーズのスローガンで、十分内容を吟味しないまま、悪い法律が通る社会であってほしくないと思います。