鉄道カメラに対するパブリックコメント

本日、日本弁護士連合会情報問題対策委員会有志で、以下のパブリックコメントを送付しました。

 

1 防犯効果のエビデンスが示されておらず、必要性に乏しい。

  2022年3月22日付日本弁護士連合会の「列車内の『防犯カメラ』設置を義務化することに反対する会長声明」(以下、「会長声明」)、2012年1月19日付日本弁護士連合会「監視カメラの対する法的規制に関する意見書」(以下、「意見書」)に記載されているとおり、現に犯罪が行われているときだけでなく、常時無差別録画または常時配信を行う監視カメラ(防犯効果が科学的に裏付けられない場合も多いためこう呼ぶ)については、列車内のように、公共の場所、あるいはこれに準じる施設においては、①犯罪等が発生する蓋然性の存在と、②カメラの設置により予防する効果が具体的に期待できること(防犯の有効性)等を要件としてしか設置してはならないことや、収集されたデータの取り扱い方法について事前にルールを定めるなどの規定をもつ監視カメラ規制法が制定され、罪のない市民に対する必要性を超えたプライバシー侵害がなされることを可及的に予防することこそが、人権尊重主義の観点から必要である。

  ところが、会長声明の通り、本件省令改正のきっかけとなった令和4年の小田急線車内傷害事件、京王線車内傷害事件を振り返ると、危険物の持ち込みを防ぐための乗車前の手荷物検査でなければ、防犯効果は生じない。特に、自暴自棄となって周囲を巻き添えにする自殺目的である場合や、逮捕されたり処罰されたりすることを恐れないものに対して「防犯カメラ」の設置により犯罪を予防することはできない。

 令和5年6月の「車内防犯カメラの設置についての対応方針(案)」「背景」には、「○ このような状況を踏まえ、鉄道車内における他人に危害を及ぼすおそれのある行為などを抑止する効果を高める観点から、車内防犯カメラの設置を求めることとし、所要の法令改正を行うこととする。」とされており、国土交通省自身も、行政機関が、民間事業者に過ぎない鉄道事業者に対して、経済的な負担や、乗客に対するプライバシー侵害やこれに関連する業務負担を課す前提として、防犯効果という正当な政策目的が必須の前提として必要であることを自認し、パブリックコメントで意見を求めているように見える。

 しかしながら、令和4年6月24日付けの「防犯カメラ設置の基準に係る論点整理及び検討の方向性」(以下、「方向性」)では、小田急線事件においては、乗務員がリアルタイムで映像を確認できる車内防犯カメラが設置されていたにもかかわらず、防犯効果はなかった。そのため、「方向性」では、小田急線事件の防犯カメラは、「事後的に検証することができた」という効果しか認められていない。

 しかも、「方向性」でも、「逮捕されることを厭わない確信犯に対しては、犯罪の抑止効果を期待することはできず」と、小田急線事件や京王線事件のような事件に対する防犯効果がないことを全面的に認めている。

 なお、「方向性」には、「その他(確信犯以外:引用者注)の犯罪企図者に対しては、録画機能付き防犯カメラであっても『犯罪の抑止』の効果を期待することができ、列車内においては凶悪犯より粗暴犯の方が認知件数の割合が高いことや、現状において車内防犯カメラの設置率が低い状況(全国の旅客車の約4割)にあること、また、設置・運用に係る費用負担を考慮すれば、先ずは、録画機能付きの防犯カメラも含めて車内への設置を進めることが有効と考えられる。」とある。

 しかし、小田急線事件、京王線事件に防犯効果がなかったうえ、確信犯以外の犯罪企図者に対しての防犯効果が期待できるか否かは、既に旅客車の約4割に設置済みというのであれば、設置前後の犯罪発生数比較や設置車両とそれ以外との比較等で防犯効果は数量的に計測できるはずである。技術基準検討会において検討が重ねられ、参加者は全て工学系、技術系の専門家と鉄道事業者鉄道事業者団体に限定されていたのであるから、少なくとも期待される防犯効果に関する自然科学的分析と公表は、政策変更の前提として不可欠である。

2 法律による規律が不可欠である。

 そもそも現に犯罪が起こっている時・場所でないにもかかわらず罪のない不特定多数の市民を常時録画するという、必要性を超えたプライバシー侵害を恒常的なものとする監視カメラの設置は、それ自体で重大なプライバシー侵害である(最高裁昭和44年12月24日判決・京都府学連事件判決、最高裁昭和61年2月14日判決・オービス事件判決など)。

  しかも、現在は、監視カメラの機能として、顔認証システムを付加させることができる。指紋の1000倍と言われる本人確認精度を持つ顔認証システムは、公共空間に対して運用されるときには、市民の逐一の移動履歴すら捕捉されかねない行動の過剰な監視につながり、そのプライバシー侵害の程度はなお著しい。日本弁護士連合会が、2021年9月16日付「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」で指摘しているとおりである。また、EUで公共空間への運用が禁止されていることは公知の事実である。

  従って、「意見書」に記載されているとおり、不特定多数の市民のプライバシー権を侵害することから、監視カメラの適正な運用基準を事前に定める内容を持つ法律による規律が不可欠である。しかも公共交通機関の利用は、文字通り公共性が高く、これを一切利用しないで生活することは困難であることから、なおさらである。

  その具体的内容としては、「意見書」の通り、下記のものが求められる。

 従って、列車内に監視カメラを設置することについて、法律の制定によるプライバシー保護措置を採ることなく、省令改正は行われるべきではない。

① 機能として、顔認証システムを付加させてはならない。

② 画像情報を収集する際、監視カメラの設置場所において、録画していること、録画の目的、設置者、連絡先等を明示すること。

③ 画像情報の利用・第三者提供について、以下の事項を遵守すること

 ア 設置目的以外に利用しないこと。特に顔認証システムのために2次利用しないこと。

 イ 設置目的のために不要となった画像情報は直ちに消去すること。

 ウ 設置場所において生じた犯罪に関する画像以外の画像は、令状によらず任意に捜査機関に提供しないこと。

④ 情報主体からの開示請求に応じること。

⑤ 監視カメラが、法で定めた設置・運用基準に反していないかを監督する機関である、行政機関から独立した第三者機関に、設置者に対する調査権限及び勧告・是正命令等の権限を付与すること。

                                                                    以上