秘密保護法と共謀罪

「秘密保護法と共謀罪」(消費者法ニュース105号への投稿記事です)
1 その会話は、現行犯だ!
 201X年のある日、某原子力発電所の再稼働が目前に迫っていた。
 Aは、原発の稼働差し止めを求める市民団体のメンバーだった。
 会議で、今後の運動について議論になった。
「せめて、再稼働前に、原発がテロに対する万全の体制があるか、資料開示を求めよう。もし、資料を出さないとすれば、手薄な体制がばれるとまずいからじゃないか。」
 Aの提案に、妙案が思い付かない他のメンバーも、やれるだけのことはやろうと賛成した。
 会議が終わった後、中心メンバー3人が懇親会に残った。
A「いやー、しかし、経済産業省は本当に無責任だな。そうだ、明日担当課長が登庁するところを待ち構えて、原発の警備資料を出せ、と詰め寄ってみたらどうだろう。」
B「いいね。庁舎に入る前を足止めして、追及しよう。資料を出さないなら、中に入れないぞって言ってやろう。」
C「ネット中継すると盛り上がるんじゃないかな。それは俺に任せてくれ。じゃあ、明日は経産省前に10時に集合しよう。」
一同「かんぱーい」
 とその瞬間、Aは、背後から右手を捕まれた。
「201X年○月×日午後6時10分、特定秘密保護法違反の現行犯で逮捕する。」
 テーブルの向こうのB,Cも同じように拘束されていた。

2 特定秘密該当性
 原発情報(特に警備、設備)が特定秘密(別表4「テロリズムの防止に関する事項」に該当し、「その漏えいがわが国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」)になるのかどうか、政府の説明は当初混乱した。
 磯崎総理補佐官は、ホームページで「原発情報はテロ防止の対象ではない」と述べた。
 しかし、その後、内閣調査室は、核物質警備の情報及び原発設備の情報はテロ防止の対象であると説明した。
別表4のうち、イは、「テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において『テロリズムの防止』という。)のための措置またはこれに関する計画若しくは研究」とする。
 運用基準?1(1)は、イの細目として以下のものを掲げる。
a テロリズムの防止のための措置またはこれに関する計画若しくは研究のうち、以下に掲げる事項に関するもの(bに掲げるものを除く。)
 (a)緊急事態への対処にかかる部隊の戦術
 (b)重要施設、要人等に対する警戒警備
 (c)サイバー攻撃の防止
従って、(b)に該当するという運用がなされる可能性がある。

3 取得行為の共謀罪
 冒頭の事例で、A、B、Cは、翌朝の、経済産業省の担当課長に対し、情報を開示するよう求める行為(これ自体、正当な権利行使なのであって、犯罪ではないが)に着手する以前に逮捕されている。
 これは、特定秘密取得罪(法24条1項)の共謀罪(法25条1項)として、公権力側が濫用する可能性のある罰条である。
 政府は、国会審議の過程で、普通の国民が逮捕されたり処罰されたりすることはあり得ません、というメッセージを発したが、実際には、欧米を代表とする民主主義国家においては例のない、比較法的にみても極めて珍しい、広範な市民処罰規定がある。
 特定秘密取得罪は、正当な権利行使に対して適用されるべきではないが、「人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為、その他の特定秘密を保有するものの管理を害する行為により」特定秘密を取得する行為を処罰対象とする。
「その他の」とは、それまでに列挙されているような犯罪行為、少なくとも違法行為を前提とするものと解されるべきである(この点は、内閣官房作成の逐条解説も同様の限定を考えている)から、冒頭の事例では、計画で示された実行行為でも特定秘密取得罪の構成要件該当性は否定されるはずだが、捜査段階における公権力側の濫用(建造物侵入罪、業務妨害罪)の可能性は否定できない。
さらに、法25条1項は、「第23条1項又は前条第1項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動したものは、5年以下の懲役に処する。」と規定している。
「共謀」とは、内閣官房作成の逐条解説では、「2人以上の者が漏えい行為等の実行を具体的に計画して、合意することをいう。必ずしも、実行の細部にわたることを要しないが、漏えい行為等の実行についての抽象的、一般的な合意をするだけでは足りない」とされている。
 取得行為の共謀も犯罪とされているから、冒頭の事例における捜査機関による濫用の可能性も完全に否定することはできない。

4 共謀罪捜査と監視社会
 市民が単に合意しただけで犯罪が成立するものと扱う共謀罪は、原則として少なくとも実行行為への着手を処罰範囲の明確化のために求める刑法の一般理論と整合しない。内心の思想を処罰することと紙一重になる。
 しかも、日常的な会話やメールだけで、共謀罪成立の決定的証拠となるため、盗聴、通信傍受が重要な捜査方法となりうる。
 現在、タクシー内やコンビニエンスストアなどで、会話を録音する監視カメラも増殖しており、画像等のデータが任意提供されることは一般的と思われる。
 民間企業では、警察への積極的な協力には前向きな反面、プライバシー保護や、刑事手続きの適正の要請といってもなかなか理解が得にくいのではないだろうか。
 共謀罪は、善意によって、警察による市民監視を進める危険がある。

5 共謀罪法案
 政府は、今秋の臨時国会にも、共謀罪法案を提出する予定とされている。
 共謀罪法案とは、2003年、2005年、2009年の3度にわたって廃案になったいわくつきの法案である。
 特定秘密保護法などの極めて例外的な法律にしか規定されていない、犯罪の実行行為への着手、予備行為よりはるか以前の犯罪行為の合意時点で犯罪を成立させる「共謀罪」処罰を、長期4年以上の懲役刑を定める全ての犯罪で成立させようとするものである(原稿執筆時、新法案の内容は不明である)。
 少なくとも600を超える犯罪が共謀段階で逮捕、処罰されてしまうことになる。
 政府は、国連越境組織犯罪防止条約を批准するための国内法整備のために不可欠と主張している。
 しかし、わが国では、重大犯罪(殺人、強盗など)には予備罪規定が存在し、判例上共謀共同正犯理論が認められていることなどから、条約に基づく国内法整備は完了しており、新規立法は不要である。従って、今すぐにでも条約を批准することができる。
 しかも、条約では、国境を越えた犯罪集団に対する捜査共助のための環境整備が目的となっているのに、政府がこれまで提出してきた法案は、いずれも国内犯罪全般を広く対象としているうえ、3人以上が万引きの相談をしただけでも「団体犯罪」「組織犯罪」として、直ちに逮捕されかねない。
 集団で「よからぬこと」を計画しただけで犯罪者扱いされたり、捜査の対象となる社会に変質しかねない。善悪の価値判断が「政府・捜査機関にとって」のものになると、政府批判のデモ・集会などの集団的表現行動が萎縮するおそれもある。
 情報が自由に流通することは、主権者である国民、市民がゆがんでいない情報をもとに意見を形成するために不可欠である。
 表現行為、特に政府批判によって主権者の望む社会を実現するよう求める行為は、民主主義社会であれば、政府・公権力でも尊重しなければならない当然のことである。
 議会の多数を頼りに、国民の意思や国民への丁寧な説明を行うことなく、従来の政策と整合性のない憲法違反の政策を断行し、与党からはメディアによる政府批判を封じようという意図を包み隠さず表現するものが現れるなど、国を挙げて民主主義を否定する動きが見られる。
 最近は、自治体などで、従来は特段問題とされなかった、政府批判の内容や、メンバーの政府批判の表現行為を理由とした、市民団体の公共施設利用の拒否や、従来行っていた後援を降りるなどの行動が散見される。
 健全な民主主義社会を維持・発展させていくためには、主権者自身による不断の努力(憲法12条)が不可欠である。自由な社会を守るために、それぞれの持ち場でできるだけのことをやっていかなければならないと思う。
ということで、私の言いたいことは、主権者であることをあきらめずに、共謀罪法案に反対しましょう、秘密保護法の廃止を求め、公権力による濫用を監視しましょう、ということである。