B型肝炎訴訟、原告本人尋問採用

2016年9月5日11:00に、福岡地方裁判所で、B型肝炎九州訴訟の口頭弁論が行われました。52名の原告の和解が成立しました。
 また、慢性肝炎の原告に対して、国が除斥期間の適用を主張している原告番号403番さんに対する、次回期日11月28日13:30の期日における本人尋問の実施が決まりました。
全国B型肝炎訴訟では、2009年7月29日と10月13日にそれぞれ福岡地方裁判所で、「慢性肝炎」「肝硬変」「肝がん」「無症候性キャリア」「死亡遺族」のそれぞれの代表原告の尋問が実施されて以来の尋問の採用となります。前回の尋問は、2010年3月の和解勧告につながり、2011年6月の基本合意へ向けた大きな動きになりました。
 今回は、基本合意後初の尋問となります。
慢性肝炎の被害者のうち、最初に慢性肝炎を発症した後、セロコンバージョン(HBe抗原が陽性から陰性となり、HBe抗体が陰性から陽性になること)がおこったにもかかわらず、その後慢性肝炎を再発した方に対しては、再発時を除斥期間の起算点とし、それから提訴までに20年を経過していなければ、損害賠償請求を認めるべきだということが争点です。
 国からは、原告本人尋問をする必要はないという意見書が直前に出されていましたが、弁護団は、本日の期日前に反論意見書を提出しました。
 九州弁護団の小宮代表が、尋問の採用を裁判所に求めたところ、裁判所は、合議のうえ、次回期日(11月28日13:30)における原告番号403番さんの本人尋問を採用しました。
除斥期間とは、不法行為B型肝炎訴訟の場合、国の不衛生な集団予防接種の実施)から20年たったら、損害賠償請求ができないという考え方(民法724条後段)です。不合理な場合が多いので、その後の最高裁判例で様々な修正が加えられています。民法改正案では、廃止される予定になっています。
 無症候性キャリアから、「慢性肝炎」、「肝硬変(軽度)」「肝硬変(重度)」「肝がん」「死亡」と、被害が重くなるたびに、除斥期間の起算点を繰り下げることが認められます。同じ肝硬変でも「軽度」と「重度」とで起算点が異なるように、また、同じじん肺で「管理区分2」と「管理区分3」とで起算点が異なる様に、慢性肝炎でも「初発(HBe抗原陽性慢性肝炎)」と「再発(HBe陰性慢性肝炎)」とで起算点が異なることが認められてしかるべきです。
 全国のB型肝炎弁護団原告団が注目し、弁論のたびに各地の代表弁護士が意見を述べています。
 裁判所の審理、判断にご注目下さい。

監視カメラシンポ

 清水勉先生から、「今度監視カメラのシンポやるから協力して」と言われ、「『防犯』カメラはえん罪防止に役立っているか?」というシンポジウムに参加し、講演(「『防犯』カメラの功罪〜法的規制の提案」)と、元北海道警釧路方面本部長の原田宏二さんとともに討論をしました。
 配布レジュメは以下の通りです。
 また、末尾の通り、動画で見ることができます。
 講演では、監視カメラ画像がアナログからデジタルになり、かつAIの発達により、飛躍的に監視能力が高まった現状と今後について話しています。
 討論では、なぜ私が監視カメラ問題を取り組んでいるのか、短い時間ですが話をしています。
 長いですが、ご関心がある方は是非ご覧下さい。

監視カメラ、顔認証の現在 2016.3.26 武藤

第1 監視カメラの現状
 1 カメラの小型化、低廉化
 2 カメラの高機能化(録音+指向性)(歩き方、不審な動きを捉える)
3 カメラのネットワーク化(パスワード設定次第で流出)
 4 ウェアラブル端末
5 ドローン
 6 屋内カメラ(ビッグデータ
 7 増加する街頭監視カメラ
  (1) 警察が自ら設置し、または設置勧奨している街頭監視カメラ
 警察が自ら設置する街頭監視カメラの状況は、A 街頭監視カメラが2010年3月末現在、神奈川県において50台(警察庁)、それ以外の11都府県において411台(都府県警察)、B スーパー防犯灯が、16都道府県20地区に計240台(警察庁2008年3月末時点)、18都府県70地区に、529台(都道府県警2010年3月末時点)、C 一部で運転席と助手席に乗車するものの顔情報も記録できるNシステム(自動車ナンバー自動読み取り照合カメラ)は、2009年度末で1496式(1496カ所)、撮影の対象となっている車線数は約6000車線。
  (2) 自治体が設置し、または設置勧奨している街灯監視カメラ
台数がはっきりしているものとして、2010年7月時点で、杉並区1680台(区1180台、民482台)、江東区1113台(区973台、民140台)、町田市559台(市559台、民無回答)など。
  (3) 私人が設置する街頭監視カメラや、施設内監視カメラ
「国内の監視カメラは400万台あるだろう」防犯設備業界の関係者の推計(2013年4月12日付読売新聞大阪版)
2012年3月現在、鉄道の駅だけで6万1000台(国土交通省調べ、2013年8月25日毎日新聞
警視庁によれば、都内の街頭監視カメラは、官民合わせて約2570台、店舗内監視カメラは約8万台とされる(2008年12月17日付読売新聞、2009年1月9日付東京新聞)。
6 法規制の必要性
(1) 検挙効果、防犯効果
  (2) プライバシー権、令状主義、表現の自由にも波及


第2 顔認証の現在
1 しくみ
  (1) 画像から、「顔」部分を抽出(または、「顔画像データ」を使用)
  (2) 「顔」部分について、固有のデータ(「顔認証データ」)を抽出
  (3) あらかじめ登録されている「顔認証データ」と照合し、一致すれば同
一人物と判定する。
 → 「顔指紋」のように、人の同一性を特定可能
 2 利用されている例
(1) USJ年間パスポート会員
  (2) フェイスブックに投稿された画像への紐付け
  (3) 警察による組織犯罪捜査への利用
3 精度
  (1) 2013年4月12日付読売新聞大阪版
 NECの技術者の発言として「正面の顔画像なら本人を見逃す率は0.3%、他人が紛れ込む率は0.1%、160万人の画像との照合が0.3秒でできる。」というものを紹介。
  (2) 2013年7月27日共同通信
出入国審査、顔認証の導入見送り 法務省、精度低く」との見出しで、「空港の出入国審査を迅速化するため、機械で顔を識別して本人確認するシステムの導入を検討していた法務省が、実証実験で精度が低かったことを理由に導入の見送りを決めたことが27日、同省への取材で分かった。事前登録した指紋の照合だけで通過できる「自動化ゲート」に続く迅速化策が、事実上頓挫したことになる。
 法務省入国管理局によると、顔認証は、パスポートに内蔵されたチップの顔写真データと審査場のカメラで撮影した顔の画像をコンピューターで照合し、同一人物かどうかを確認する仕組み。英国やオーストラリアでは既に導入されている。
 法務省は2014年度からの実施を目指していた。」との記事が配信されている。
  (3) 最先端
 アメリ国防省の研究機関DAPRAが15億画素のカメラを試作。空から撮影しても顔認識、物体認識可能とのこと。
4 課題
 高精度のデジタル顔画像データのセンシティブ性の変化への対応
 「指紋」同様のデータを、公権力、捜査機関が自由に収集してよいか
→ 何らかの法規制が不可欠ではないか。
民間であっても、自由利用が許されると、特定人の行動履歴を検索可能にならないか。
(対抗ゴーグルの研究・開発もなされている。)

http://ord.yahoo.co.jp/o/video/_ylt=A2RCCzNWahNXnEsA4AaHrPN7/SIG=121j5ltj7/EXP=1460976598/**https%3a//www.youtube.com/watch%3fv=uEceIM5fkuM
http://ord.yahoo.co.jp/o/video/_ylt=A2RinFo1aRNXZRMAyhCHrPN7/SIG=121e01m1u/EXP=1460976309/**https%3a//www.youtube.com/watch%3fv=50xBoAa9QKs

B型肝炎訴訟和解報告、除斥肝炎の解決に向けて

 2016年3月7日11時、B型肝炎九州訴訟の弁論・和解期日が開かれ、福岡地裁で65名の原告(被害者数50名)が和解しました。
原告1401番さんは、同い年のご主人の肝がんの被害について意見を述べました。
 49歳の時に肝ガンと診断されましたが、自営の仕事をがむしゃらに取り組んでいました。55歳の時に余命宣告を受け、仕事もできなくなりました。孫を抱き上げる体力もなくなりました。57歳の時には、苦しくて横になることもできなくなり、イスに座ったまま生活をするようになりました。急変で駆けつけた奥さんに「ゴメン」と声を振りしぼったあと、息を引き取りました。
 途中で声を詰まらせながらの意見陳述に、傍聴席からは、鼻をすする音が聞こえました。
 大阪弁護団代表の長野真一郎弁護士は、2015年3月になされた基本合意(その2)の前提となった、除斥期間を経過したと国から主張されていた大阪の肝ガン被害者の状況を踏まえ、肝炎でも、いったん治まった被害者に対して、再発時を除斥期間の起算点と捉えるよう、裁判所に訴えました。
 国は、肝炎除斥に関し、今月中に主張を提出すると述べました。
 和解の詳細は以下の通りです。
 
<被害者の内訳>
キャリア     50万円  10名
慢性肝炎   1250万円  22名
肝硬変(軽度)2500万円   5名
肝ガン    3600万円   8名
死亡     3600万円   5名

<原告の内訳>
居住県:福岡37名、佐賀8名、長崎7名、大分4名、宮崎4名、愛知県1名、東京都4名
20代から70代までの男女

<九州訴訟和解者数>
福岡地裁1644名へ(原告数。被害者数では1443名)。
九州2158名へ(原告数。被害者数では1894名)。
<現在>熊本地裁156(136)名、鹿児島地裁195(173)名、那覇地裁152(134)名、大分地裁11(8)名

<九州訴訟原告数>
福岡地裁における原告は、2071名(被害者数1840名)。
熊本  244(218)
鹿児島 262(231)
那覇  197(176)
大分   61( 47)
九州訴訟原告は、2835名(被害者数2512名)。

* B型肝炎訴訟相談窓口 092−883−3345
 平日9:00〜12:00,13:00〜17:00

* 今後の予定
5/23 11:00 福岡地裁口頭弁論、和解

ペットの医療過誤提訴

2016年2月16日14:00、福岡地方裁判所に、ペットの医療過誤訴訟を提起しました。
 原告(福岡市内在住の60代の女性)は、秋田犬(メス、当時8歳、愛称は「こっちゃん」)を家族同様に育てて、市内の動物病院に通院させてきました。
こっちゃんは、2014年5月、6月に出血があり、受診しましたが、特に異常はないと言われました。
 7月18日にも出血があったため通院させたところ、「エコー検査の結果、異常はないが、繰り返すようなら手術も検討する、その場合は10万円未満である」とだけいわれて帰りました。
7月28日、こっちゃんが嘔吐し、腹痛がある様子だったので電話をしましたが、連絡が取れず、7月29日未明、救急動物病院を受診させたところ、子宮蓄膿症、細菌性腹膜炎との診断で卵巣・子宮摘出術を受けました。急いで救命措置を受けましたが、その甲斐なく死亡しました。
死亡した結果から振り返って考えると、7月18日の時点で、子宮蓄膿症を発症していたので、検査で見落とさずに手術がなされていれば死亡していませんでした。
 また、5月のエコーでは、液体貯留が描出されており、その位置関係等から子宮内液体貯留を意味していました。そのため、出血所見と合わせて考えると、子宮蓄膿症と判断でき、適切に手術がなされていれば死亡していませんでした。
こっちゃんは、血統書付きの秋田犬で入賞歴もあり、町内のアイドル犬としてフリーペーパーに掲載され、ペットモデルクラブにも所属していました。
 子どものいない原告にとって、こっちゃんは子ども同然であり、常に生活の中心であり、笑顔と元気の源でした。
 原告は、2ヶ月ほど引きこもり状態になりました。救急病院で、おなかの激痛にうめきながら、原告の腕の中で息絶えた最後の姿が目に焼き付いて、胸が張り裂けそうな悲しみに襲われました。
 健康で一日でも長生きしてほしい、それだけを願い、動物病院に8年間通い続けました。
家族同然であった生命を奪われた被害及びその精神的苦痛として130万円、その他治療代等を含め180万円を請求しています。
 民法では、ペットは「モノ」扱いであり、生命が絶たれても、当然に慰謝料(精神的苦痛を埋めるもの)が請求できるとはいえません。長い間、せいぜい3万円程度の慰謝料しか認められませんでした。この10年くらいの間に、30万円以上の慰謝料が認められる事例も出るようになりましたが、それでも、十分とは言えません。例えば、交通事故で人がけがをしたときには、慰謝料だけで100万円以上支払われることもよくあります(通院5ヶ月を要した場合、判決なら原則として105万円)。
 命ある、かけがえのないペットを失った精神的苦痛として、せめて人のけがと同じくらいの重みが認められてもよいのではないかという問題提起を含んだ裁判です。

「警察捜査の正体」原田宏二さん

 元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二さんから頂いた、「警察捜査の正体」(講談社現代新書、2016.1.20発行)を読みました。
 2016年2月6日の、愛知県弁護士会主催のシンポジウム「安心・安全?監視社会〜今も、あなたは視られている!〜」でご一緒することもあり、ちょうどいいタイミングでした。
警察官の地道な捜査能力が衰えていること(p155)、それを補うかのように、監視カメラなど、パソコンでデータ処理を行うような捜査手法がだんだん主流になりつつあること、監視カメラ、GPS、DNA試料などを用いた捜査手法が、法的根拠の不明確なままどんどん拡大して行っていることに対して疑問を示されています。
最近、福岡でも残念ながら開始されていますが、法律に根拠のない、被疑者段階での監視カメラの顔画像を公開しての捜査について、すでに北海道で実施済みであったこと、被疑事件が起訴されていないことなど、初めて知りました(2013年7月、北海道で、ひき逃げ事件の犯人として、コンビニで買い物中の女性の映像がマスコミに提供されて新聞史上に容疑者として掲載されたが、ひき逃げについては処分保留で釈放。p48)。
 監視カメラ画像による誤認逮捕事例も以下のようにたくさん紹介されています(p62、63)。
 2013.2.24 警視庁少年事件課、強盗事件、中学3年生
 2013.4.24 大阪府警北堺警察署、ガソリン窃盗、40代会社員
 2013.6.13 岡山県警津山警察署、万引き、70代男性
 2014.2.28 山口県警長門警察署、窃盗、40代女性
 犯人の特定が便利になると言うことは、間違った犯人の決めつけも増えることであり、監視カメラの光だけでなく影の部分もきちんと見ていかなければならないと思います。
 捜査関係事項照会書が、安易に利用され、民間事業者から無防備に情報が収集されている状況も指摘されています(p96)。
 強制捜査についても、2011年から6回にわたる捜索差し押さえにより車2台を含む1292点を押収され、逮捕・拘留されたものの2014年に嫌疑不十分で不起訴とされた小樽の殺人事件捜査も紹介され、ずさんな令状請求であると指摘されています(p102)。
理論面でも、警察実務家が、「行政警察司法警察区分不要説」や「事前捜査積極説」を唱え始めているという指摘があります(p200)。
 これは、言葉だけではわかりにくいですが、「将来犯罪をしそうな犯罪予備軍」と、警察からにらまれたら、過去に犯罪を起こしていなくても、「あらかじめ、将来起こりそうな犯罪の事前捜査をしていいじゃないか、」という議論です。要するに、ガサ入れ(捜索差し押さえ)もしていいんじゃないかという警察権限の拡大が議論されているそうです。

前書きに書かれている、「テロの防止、凶悪犯人逮捕という大義名分のもと、『警察国家』への道が強化されつつあるように見える。元警察官として、危険な兆候を感じている。このままでは市民に対する監視がいっそう強化され、ある日突然、普通の市民である読者がえん罪事件に巻き込まれる事態になる可能性が増しているのだ。」というご指摘を、私たちが重く受け止める必要があるのではないでしょうか。
 ますます進んでいく監視社会に対して、きちんと勉強して情報をアップデートするために、この本はとてもためになりました。原田さんへこの場をお借りしてお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

B型肝炎訴訟、再発肝炎の救済を求めて

 本日、福岡地裁で66名の原告(被害者数61名)が和解しました。詳細は末尾の通りです。
 今回は、法廷で3名が意見陳述を行いました。
 匿名原告は、みずから子どもに2次感染させた苦しみ、自分が感染していることを打ち明けずに生活をしていることから生じる苦しみを切々と話され、傍聴していた女性原告からの強い共感が寄せられました。
 当職から、慢性肝炎の再発事例(原告30番さんの場合)について、除斥期間の起算点を再発時に修正するよう意見を述べました。平成19年に再発することは、初発の昭和62年の時点では低い確率でしかおこらないことであり、あらかじめ請求できません。にもかかわらず平成19年に再発したとたんに「もう除斥期間経過後だから請求できません」というのでは、治療費を含めた再発被害の請求をする機会が絶対に保障されないことになり、法や正義の根幹と矛盾すると述べました。
 全国弁護団代表の佐藤哲之弁護士(札幌)も、先行訴訟において、札幌高裁、最高裁の裁判官たちが除斥期間の適用範囲を狭め、可能な限りの被害救済に尽力してきたこと、基本合意においても、札幌地裁の裁判官は、除斥期間について、課題が残っており、解決が図られていくべきことを指摘したことなどを紹介し、慢性肝炎の再発について除斥期間の適用を限定し、可能な限り被害救済に尽力されるべきであると法廷で意見を述べました。
 慢性肝炎の再発事例において、除斥期間の起算点を再発時点とするよう求めて、戦っています。

<被害者の内訳>
キャリア     50万円  18名
慢性肝炎   1250万円  28名
肝硬変(軽度)2500万円   4名
肝ガン    3600万円   7名
死亡     3600万円   4名

<原告の内訳>
居住県:福岡38名、佐賀8名、長崎8名、熊本1名、大分3名、宮崎7名、山 口0名、神奈川1名
10代から70代までの男女

<九州訴訟和解者数>
福岡地裁1579名へ(原告数。被害者数では1393名へ)、九州2049名 へ(原告数。被害者数では1805名に)
<現在>熊本地裁148(128)名、鹿児島地裁175(153)名、那覇地 裁139(126)名、大分地裁8(5)名

<九州訴訟原告数>
福岡地裁2019名(被害者1790名)、熊本地裁233名(被害者207 名)、鹿児島地裁251名(被害者223名)、那覇地裁193名(被害 者 172名)、大分地裁55名(被害者41名)。
九州全体で 2751名(被害者2433名)。

* B型肝炎訴訟相談窓口 092−883−3345
 平日9:00〜12:00,13:00〜17:00

* 今後の予定
3/7 11:00 福岡地裁口頭弁論、和解

秘密保護法と共謀罪

「秘密保護法と共謀罪」(消費者法ニュース105号への投稿記事です)
1 その会話は、現行犯だ!
 201X年のある日、某原子力発電所の再稼働が目前に迫っていた。
 Aは、原発の稼働差し止めを求める市民団体のメンバーだった。
 会議で、今後の運動について議論になった。
「せめて、再稼働前に、原発がテロに対する万全の体制があるか、資料開示を求めよう。もし、資料を出さないとすれば、手薄な体制がばれるとまずいからじゃないか。」
 Aの提案に、妙案が思い付かない他のメンバーも、やれるだけのことはやろうと賛成した。
 会議が終わった後、中心メンバー3人が懇親会に残った。
A「いやー、しかし、経済産業省は本当に無責任だな。そうだ、明日担当課長が登庁するところを待ち構えて、原発の警備資料を出せ、と詰め寄ってみたらどうだろう。」
B「いいね。庁舎に入る前を足止めして、追及しよう。資料を出さないなら、中に入れないぞって言ってやろう。」
C「ネット中継すると盛り上がるんじゃないかな。それは俺に任せてくれ。じゃあ、明日は経産省前に10時に集合しよう。」
一同「かんぱーい」
 とその瞬間、Aは、背後から右手を捕まれた。
「201X年○月×日午後6時10分、特定秘密保護法違反の現行犯で逮捕する。」
 テーブルの向こうのB,Cも同じように拘束されていた。

2 特定秘密該当性
 原発情報(特に警備、設備)が特定秘密(別表4「テロリズムの防止に関する事項」に該当し、「その漏えいがわが国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」)になるのかどうか、政府の説明は当初混乱した。
 磯崎総理補佐官は、ホームページで「原発情報はテロ防止の対象ではない」と述べた。
 しかし、その後、内閣調査室は、核物質警備の情報及び原発設備の情報はテロ防止の対象であると説明した。
別表4のうち、イは、「テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において『テロリズムの防止』という。)のための措置またはこれに関する計画若しくは研究」とする。
 運用基準?1(1)は、イの細目として以下のものを掲げる。
a テロリズムの防止のための措置またはこれに関する計画若しくは研究のうち、以下に掲げる事項に関するもの(bに掲げるものを除く。)
 (a)緊急事態への対処にかかる部隊の戦術
 (b)重要施設、要人等に対する警戒警備
 (c)サイバー攻撃の防止
従って、(b)に該当するという運用がなされる可能性がある。

3 取得行為の共謀罪
 冒頭の事例で、A、B、Cは、翌朝の、経済産業省の担当課長に対し、情報を開示するよう求める行為(これ自体、正当な権利行使なのであって、犯罪ではないが)に着手する以前に逮捕されている。
 これは、特定秘密取得罪(法24条1項)の共謀罪(法25条1項)として、公権力側が濫用する可能性のある罰条である。
 政府は、国会審議の過程で、普通の国民が逮捕されたり処罰されたりすることはあり得ません、というメッセージを発したが、実際には、欧米を代表とする民主主義国家においては例のない、比較法的にみても極めて珍しい、広範な市民処罰規定がある。
 特定秘密取得罪は、正当な権利行使に対して適用されるべきではないが、「人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為、その他の特定秘密を保有するものの管理を害する行為により」特定秘密を取得する行為を処罰対象とする。
「その他の」とは、それまでに列挙されているような犯罪行為、少なくとも違法行為を前提とするものと解されるべきである(この点は、内閣官房作成の逐条解説も同様の限定を考えている)から、冒頭の事例では、計画で示された実行行為でも特定秘密取得罪の構成要件該当性は否定されるはずだが、捜査段階における公権力側の濫用(建造物侵入罪、業務妨害罪)の可能性は否定できない。
さらに、法25条1項は、「第23条1項又は前条第1項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動したものは、5年以下の懲役に処する。」と規定している。
「共謀」とは、内閣官房作成の逐条解説では、「2人以上の者が漏えい行為等の実行を具体的に計画して、合意することをいう。必ずしも、実行の細部にわたることを要しないが、漏えい行為等の実行についての抽象的、一般的な合意をするだけでは足りない」とされている。
 取得行為の共謀も犯罪とされているから、冒頭の事例における捜査機関による濫用の可能性も完全に否定することはできない。

4 共謀罪捜査と監視社会
 市民が単に合意しただけで犯罪が成立するものと扱う共謀罪は、原則として少なくとも実行行為への着手を処罰範囲の明確化のために求める刑法の一般理論と整合しない。内心の思想を処罰することと紙一重になる。
 しかも、日常的な会話やメールだけで、共謀罪成立の決定的証拠となるため、盗聴、通信傍受が重要な捜査方法となりうる。
 現在、タクシー内やコンビニエンスストアなどで、会話を録音する監視カメラも増殖しており、画像等のデータが任意提供されることは一般的と思われる。
 民間企業では、警察への積極的な協力には前向きな反面、プライバシー保護や、刑事手続きの適正の要請といってもなかなか理解が得にくいのではないだろうか。
 共謀罪は、善意によって、警察による市民監視を進める危険がある。

5 共謀罪法案
 政府は、今秋の臨時国会にも、共謀罪法案を提出する予定とされている。
 共謀罪法案とは、2003年、2005年、2009年の3度にわたって廃案になったいわくつきの法案である。
 特定秘密保護法などの極めて例外的な法律にしか規定されていない、犯罪の実行行為への着手、予備行為よりはるか以前の犯罪行為の合意時点で犯罪を成立させる「共謀罪」処罰を、長期4年以上の懲役刑を定める全ての犯罪で成立させようとするものである(原稿執筆時、新法案の内容は不明である)。
 少なくとも600を超える犯罪が共謀段階で逮捕、処罰されてしまうことになる。
 政府は、国連越境組織犯罪防止条約を批准するための国内法整備のために不可欠と主張している。
 しかし、わが国では、重大犯罪(殺人、強盗など)には予備罪規定が存在し、判例上共謀共同正犯理論が認められていることなどから、条約に基づく国内法整備は完了しており、新規立法は不要である。従って、今すぐにでも条約を批准することができる。
 しかも、条約では、国境を越えた犯罪集団に対する捜査共助のための環境整備が目的となっているのに、政府がこれまで提出してきた法案は、いずれも国内犯罪全般を広く対象としているうえ、3人以上が万引きの相談をしただけでも「団体犯罪」「組織犯罪」として、直ちに逮捕されかねない。
 集団で「よからぬこと」を計画しただけで犯罪者扱いされたり、捜査の対象となる社会に変質しかねない。善悪の価値判断が「政府・捜査機関にとって」のものになると、政府批判のデモ・集会などの集団的表現行動が萎縮するおそれもある。
 情報が自由に流通することは、主権者である国民、市民がゆがんでいない情報をもとに意見を形成するために不可欠である。
 表現行為、特に政府批判によって主権者の望む社会を実現するよう求める行為は、民主主義社会であれば、政府・公権力でも尊重しなければならない当然のことである。
 議会の多数を頼りに、国民の意思や国民への丁寧な説明を行うことなく、従来の政策と整合性のない憲法違反の政策を断行し、与党からはメディアによる政府批判を封じようという意図を包み隠さず表現するものが現れるなど、国を挙げて民主主義を否定する動きが見られる。
 最近は、自治体などで、従来は特段問題とされなかった、政府批判の内容や、メンバーの政府批判の表現行為を理由とした、市民団体の公共施設利用の拒否や、従来行っていた後援を降りるなどの行動が散見される。
 健全な民主主義社会を維持・発展させていくためには、主権者自身による不断の努力(憲法12条)が不可欠である。自由な社会を守るために、それぞれの持ち場でできるだけのことをやっていかなければならないと思う。
ということで、私の言いたいことは、主権者であることをあきらめずに、共謀罪法案に反対しましょう、秘密保護法の廃止を求め、公権力による濫用を監視しましょう、ということである。