毎日新聞「財源問題に矮小化するな」

今朝の毎日新聞に、以下の記事が掲載されていました(http://mainichi.jp/select/opinion/eye/)。
まさに的を射た記事です。


記者の目:B型肝炎訴訟 国の和解案=佐々木洋
 ◇財源問題に矮小化するな

 札幌や福岡地裁で行われているB型肝炎訴訟の和解協議に絡み、閣僚らから補償のために増税もあり得るという発言が出ていることに多くの原告が心を痛めている。原告の訴えが国の財政を圧迫すると言わんばかりの発言には、被害を招いた国の責任を認識している様子がうかがえないからだ。8月18日付「記者の目」で久野華代記者(北海道報道部)も指摘したが、問題の本質は、危険性に気付きながら注射器の使い回しを40年近くも放置したずさんな行政にある。きちんとした謝罪の前に財源問題に矮小(わいしょう)化する態度には強い違和感を覚える。
 ◇総額推計2兆円…「増税あり得る」

 国は10月12日、患者の病状に応じ500万〜2500万円を補償し、未発症者には検査費などを支給する和解案を提示した。原告以外の感染者も含め、総額は国の案なら約2兆円、原告の要求(患者2000万〜4000万円、未発症者1200万円)通りなら約8兆円が必要とした。野田佳彦財務相は会見で、財源として増税も「あり得る」と述べ、桜井充財務相は「いろいろな予算を削減するか、増税も考えなければいけない」と語った。菅直人首相も「国民の皆さんに負担をお願いすることが出てくることがあり得る」と話した。

 原告団代表の谷口三枝子さん(60)=福岡県筑紫野市=は「原告のせいで国民負担が必要になるという発言を聞くと、被害者の私たちが責められているようでつらい」と戸惑う。別の原告も「無理難題を要求しているように思われないか不安」とこぼした。インターネットの掲示板には「結局カネだろ」などと原告を中傷する書き込みも目立つ。金額だけが独り歩きし、国民が問題の本質から目をそらされていると感じた。

 集団予防接種で注射器の使い回しを放置した国の責任は、北海道内の5人が原告となった06年の最高裁判決で確定している。判決は「国は遅くとも51年には注射器の連続使用によるウイルス感染の危険性を予測できたのに感染防止義務を怠った」と指摘した。

 しかし、国は最高裁判決後も被害の実態調査などを行わず、他の原告の救済にも後ろ向きだった。この問題が提起された1審札幌地裁への提訴は89年。国が調査などに取り組む時間はその後もいくらでもあった。全国10地裁で511人が提訴する集団訴訟に発展したのは、国の不誠実な対応が原因といえる。

 国と原告は救済範囲や和解金額などで対立している。その一つが母子感染でないこと(予防接種が原因であること)の証明方法。国は、母親が生きている場合は母親の血液検査を行い、死亡した場合は兄か姉の検査を求めている。だが、この条件では兄か姉がいない患者は切り捨てられる。母親が健在のうちに国が救済に乗り出さなかったため、立証できなくなった感染者は到底納得できないだろう。

 全国のB型肝炎感染者は推計110万〜140万人。このうち、国の提案した方法で集団予防接種による感染を証明できるのは未発症者も含め約47万人と国は試算して必要額をはじいている。弁護団は「試算は根拠に乏しく過大」と批判するが、もし本当に47万人もいるとすれば、まず国はその事実を国民に説明し謝罪すべきではないか。

 実際に、原告たちは肝炎によって大きく人生を狂わされている。大阪訴訟の原告の男性(47)は29歳の時に肝炎を発症し緊急入院した。正常値が30前後の肝機能の数値は1500を超え、一時は命も危ぶまれた。その後3年間にわたり入退院を繰り返し、大手製薬会社を退社。保険代理店の仕事を始めたが収入は半分以下に落ち込み、妻は1歳と3歳の子どもを抱えてパートに出た。住宅ローンが払えなくなりマイホームも手放した。今夏も体調が悪化し、約1カ月仕事を休んだという。
 ◇国民の理解求め説得は国の責務

 男性は「最低限の生活を維持するだけで必死。それなのに、国は自分より症状の重い肝硬変でも『日常生活の制限を必要としない場合も多い』と言う。政治家や役人は本当に被害の実態を知って和解案をまとめたのか」と憤る。

 厚生労働省幹部は「補償には多額の税金が使われる。広く国民の理解が得られる救済水準の設定が必要だ」と言う。だが、国の対応の遅れが被害拡大や補償額の増大を招いたのであって、被害が大きいことが、救済水準切り下げを正当化する理由にはならない。

 集団予防接種によるB型肝炎の感染は、国民の誰もが被害に遭う可能性があった。だからこそ、国民一人一人が患者の苦悩や亡くなった人たちの無念さに思いを致せば、救済のための財政負担も理解されるのではないか。その説明責任を負うべきは、原告ではなく国である。(東京社会部)