宮古南静園での熊本判決5周年集会報告

5月28日午後2時から、宮古島にあるハンセン病療養所の南静園で、熊本判決5周年記念集会が行われました。
弁護団は岩田、神谷、大槻、黒木、武藤の5名が参加しました。
私は、8月19日の大島青松園での集会準備のためと、事務所旅行をかねて事務局2名と参加しました。

宮里自治会長は、子供達に対する啓発の意義を強調し、比嘉園長は、命の尊厳を守り、よりよい医療、介護、看護の実現に最大限の努力をすると述べ、宮古島市の伊志嶺市長は、将来構想確立に向けた検討会を早急に立ち上げたいと述べ、岩田先生が熊本判決後5年間の成果と今後の課題について説明されました。
 その後、中学生の平安山くんと高校生の比嘉さんの経験発表が行われ、引き続き行われた意見交換会では、宮古高校の知念先生から、フィールドワークの結果が、子供達にとっても自分を大切にしたり周りの人を大切にすることの大切さを知るよい刺激になっていることや、親などの家族への啓発が進んで理解が広がっていることなどを指摘されました。
 将来構想については、市長から、入所者が減ったときにも医療体制を維持するために、長期滞在型保養地として来島者を迎えたり、人間ドックなどの施設として地域から必要とされる施設としての体制を整えたいとの提案がありました。
 質疑応答の際に、会場にいた80歳前半の男性から、「在園者は、私が来ると風下に回るなど、自分の立場をわきまえているから、よい。在園者がいなくなったら、施設自体なくなった方がすっきりする。」その他の問題発言が飛び出し、怒った沖縄の退所者が抗議のために突然本名を名乗ってカミングアウトするなど、一時期騒然となりましたが、これをきっかけに、それまで成功体験しか話さなかった退所者が、身近な差別事例を話し出すなど、啓発に関する重い課題が浮き彫りになり、かえって集会としては充実した内容になったと思います。
 また、仮に入所者がいなくなったとしても、アウシュビッツの収容所のように、負の遺産として語り継ぐ教育施設としての意味でも残す必要があるという意見は、かなり共感を呼んでいたように思います。
 その後も2次会まで、知念先生ら多数が参加し、12時頃まで大いに盛り上がりました。