B型肝炎九州訴訟第4回期日のご報告

午後3時から、B型肝炎九州訴訟第4回期日が開かれました。
 4月に裁判長の交代があり、弁論の更新がなされました。
 西井和徒裁判長は、期日間に提出された書面や書証を確認したあと、「国が父子感染、ジェノタイプなど予防接種以外の感染原因を挙げている点は、ある程度可能性の高いものであるとの証明がないと、原告らに対してそれらの証拠の提出を求める必要がないと考えています。7月29日の期日には原告本人尋問を実施することも見据えて、他の原因の可能性が高いという証明を、6月3日の期日までにしていただけますか。」と国に対して求めました。
 国は、「7月29日までに提出できるかどうかも答えられない。」と述べたため、弁護団から、「昨年の12月の期日に出せるだけの証拠を出せと求め、今年の2月の期日までに出すことになっていたが、何も証拠が出せないまま、『すでに出している証拠だけで、因果関係に疑いを差し挟む程度のものになっている』と回答したばかりではないか。提出の締め切りはとっくにすぎているのだからそのような引き延ばしには応じられない。」と徹底抗戦しました。
 40分近く丁々発止のやりとりが続きましたが、最終的には、国側が6月15日までに証拠を出し尽くすことを前提に、7月1日14時から2時間の弁論期日が新たに指定されました。
 裁判所が、国の主張する予防接種以外の他原因論についての立証が不十分だと指摘したのは全国初で、全国の訴訟にも影響を与える可能性が大きいと考えられます。
 原告本人尋問の実施も見えてきました。国による訴訟の引き延ばしを許さず、迅速な被害回復へ向けて今後も取り組んでいきます。
 その後、原告と弁護団からの意見陳述を行いました。
 原告の尾崎芳文さんは、空手の国体強化選手になり、高校では花園出場を目指している高校のラグビー部にスカウトされ、1年生でレギュラーになって活躍していました。ところが、高校2年生の時にB型肝炎に感染していることが分かり、ラグビーも空手もあきらめざるを得なくなりました。専門学校に進学したあと、肝炎を発症し、インターフェロン治療を受けましたが、激しい副作用に苦しめられました。効果はなく、副作用だけの治療は長引き、普通に働き、普通に生活することができませんでした。そのような苦しみが国のせいであることを知ってもらうために、尾崎さんは実名を公表されました。
 原告の吉澤淳さんは、中学生の時に受けた歯科矯正で興味を持ち、歯科医となりました。10年間の勤務医を経て、大分で開業しました。奥さんのサポートもうけ、開業医として順調な生活をしていました。そんなとき、腹部の痛みから受けた検査で、巨大な肝臓ガンが発見されました。仕事が続けられないと悟り、痛みのある患者さんの治療を進め、歯科医院の仕事を整理しました。精密検査で4つのガンが見つかり、余命4ヶ月と宣告されました。家族の献身的なサポートで奇跡的に小康状態を得ましたが、1年後、肝ガンが再発しました。今もガンと闘っています。吉澤さんは、「危険性を知りながら無差別に不特定多数の人に時限爆弾のようなウイルスを体内に埋め込んだ国の行為は同じ医療人としてとうてい許せません。私の健康な体を返して下さい。私の誇りある仕事を返して下さい。私と同じように苦しんでいる患者に謝罪して下さい。厚生労働省は、本来誰のために何をするべきでしょうか。目を覚まして下さい。」と訴え、実名公表されました。
 池永修弁護士は、国が原告らに求めているデータの提出が無意味であるだけでなく、どれだけ無理を強いて原告を苦しめるものであるかを明らかにし、国の主張がとうてい許されないものであると訴えました。
 岩元理恵弁護士は、母子手帳のない原告が集団予防接種を受けたかどうか不明であるという国の主張が、高い予防接種率を自画自賛する厚生白書と矛盾する詭弁であることを明らかにしました。
 小宮和彦弁護団長は、注射器回しうちの危険性を国民に知らせなかった国の不作為が、被害者たちの被害への気づきを妨げ、被害自体の発覚を妨げたこと、最高裁判決にもかかわらず被害実態を何ら調査しなかったこと、本件訴訟での国の無理な主張がいかに国の役割に反するものであるかを訴えました。
 今回は、薬害肝炎訴訟の原告、支援の方々を含めた多数の傍聴支援をいただき、法廷を満員にすることができました。どうもありがとうございました。
 次回の弁論は7月1日14:00です。さらに力強い傍聴のご支援をよろしくお願いいたします。