列車内の「防犯カメラ」設置を義務化することに反対する会長声明

 本日、日弁連で、表記の会長声明が出されました。

https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2022/220322.html

 

国土交通省は、2021年12月、京王線車内で同年10月に起こった刺傷放火事件の再発防止策として、鉄道会社が新たに導入する車両に「防犯カメラ」を設置するよう義務付けることを前提として、設置すべき「防犯カメラ」の技術基準などを話し合う有識者会議を開催した。

 

同事件では、「防犯カメラ」が車内に設置されていなかったため、鉄道会社は状況把握に時間がかかったとされている。国土交通省は、被害を最小限に抑えるためには、車内の状況を迅速に把握する必要があると判断し、来年度にも国土交通省令を改正し、「防犯カメラ」の設置場所などの基準を盛り込みたいという。

 

しかしながら、罪のない不特定多数の市民に対する肖像権侵害が避けられないことから、「防犯カメラ」の設置については、少なくとも、その場所における犯罪等の発生の相当程度の蓋然性のほか、設置により予防効果が具体的に期待できること(防犯の有効性)が必要である。しかるに、危険物の持ち込みを防ぐ効果は、飛行機への搭乗時と同様の手荷物検査といった手段でなければ期待できない。また、京王線刺傷放火事件など、自暴自棄となって周囲を巻き添えにする自殺目的である場合や、逮捕されたり処罰されたりすることを恐れない者に対しては、「防犯カメラ」の設置で犯罪を予防することはできない。国土交通省自身も防犯効果には言及しておらず、困難と理解しているのかもしれないが、そうであるとすれば、設置の必要性には乏しい。仮に車内犯罪発生時における被害拡大防止を目的とするのであれば、警備員の配備その他の手段の方が人権侵害の程度が低い上に有効性が期待できるのであり、やはり「防犯カメラ」の必要性は乏しい。

 

そもそも、犯罪防止には、格差社会の是正や、孤立対策などが求められるのであり、単に監視社会のインフラが拡大するだけとなりかねない「防犯カメラ」の義務化には問題がある。

 

加えて、長時間停車する予定がなく密室状態が継続する新幹線等の鉄道と、例えば、1両編成で乗客も少なく、過去に車両内で傷害や殺人等の事件が起こったことのないローカル鉄道とを区別することなく、一律に「防犯カメラ」の設置を義務付けるような不合理な政策がとられれば、地域の公共交通機関に過剰な負担を課すことにもなる。

 

また、当連合会が2012年1月19日付け「監視カメラに対する法的規制に関する意見書」以降繰り返し意見を述べてきたとおり、「防犯カメラ」の設置・運用に対しては、市民のプライバシー権を守るために、適切な法律を制定してそのルールに従うという体制を一刻も早く整えるべきである。

 

よって、当連合会は、目的と手段とを慎重に検討することなく、また、設置運用に関する法的ルールもないまま、鉄道車両内への「防犯カメラ」の設置を義務付けることには、強く反対する。

 

 

 2022年(令和4年)3月22日

日本弁護士連合会
会長 荒   中

鉄道事業者における顔認証システムの利用中止を求める会長声明

下記日弁連会長声明が発出されました。

https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2021/211125.html

 報道(本年9月21日付け読売新聞)によると、JR東日本東日本旅客鉄道株式会社)は、本年7月から、顔認証システムを利用して、①過去にJR東日本の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した後の出所者や仮出所者、②指名手配中の被疑者、③うろつくなどの不審な行動をとった人の顔情報をデータベースに登録し、このデータベースと、主要110駅や変電所などに設置されネットワーク化された8350台のカメラの少なくとも一部に写った不特定多数の人の顔情報を自動照合し、対象者を検知した際は、警備員が目視で顔を確認した上で、必要に応じて警察に通報したり、手荷物を検査したりするとのことである。


翌9月22日の各社の続報によれば、上記の報道があった後、JR東日本は①の検知を中止し、②及び③の検知については継続しているとのことである。


しかしながら、当連合会の本年9月16日付け「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」で述べたとおり、不特定多数者に対する顔認証システムの利用は、市民のプライバシー権侵害の程度が大きいため、民間事業者が利用する場合においても、対象者の明示の同意を定めるなどし、かつ主権者の代表で構成される国会で必要性及び相当性などについて慎重に検討した法的ルールがないままなされるべきではない。


しかも、駅構内は鉄道事業者が管理する空間とはいえ、不特定多数者が日常的に利用し、誰の生活にも不可欠と言ってもよいほどに公共性が極めて高い空間である。これが店舗の場合、顔認証システムを導入していない他の店舗を選択することも可能であるが、公共交通機関の場合、他の選択は必ずしも容易ではなく、利用者にとって事実上の強制となるおそれがあり、そのプライバシー権を著しく損なう。


また、②は、民間による捜査協力という意味を持つものであるとしても、駅員がたまたま指名手配犯を発見するのとは違って、多くの駅構内にいる全ての人を監視対象とする、いわば指名手配犯発見装置を鉄道事業者が24時間、組織的・継続的に稼働させているようなものであり、警察の犯罪捜査体制に日常的に組み込まれているとも言うべき関係になっている。これは実質的に警察が顔認証システムを設置し法令上の根拠も裁判所の令状もなく利用しているに等しく、強制処分法定主義(刑事訴訟法第197条第1項ただし書)を潜脱するものである。


さらに、③は、「不審な行動をとった人」の概念が曖昧であり、民間事業者の主観的な判断基準によって恣意的な運用が行われるおそれがある。これにより、人々が知らないうちに不審人物とみなされ、手荷物を検査されたり、警察に通報されたりするようになれば、自由な市民社会が脅かされる。


顔画像データについてリアルタイムで検索・照合・活用ができるようになっている今日、それがひとたびデータベースに登録されると、その者の行動は過去のデータに遡って正確に追跡でき、その後は継続的に監視することが可能となることともあいまって、個人の精神的自由、行動の自由に対する重大な脅威となる。EUで公共の場所における不特定多数の者を対象とする顔認証システムの利用が原則禁止され、またアメリカ合衆国で州法等による法規制が進んでいるのは、同様の問題意識からである。


我が国においても、民間事業者の場合も含め、顔認証システムの利用は、必要性及び相当性を慎重に検討した厳格な法律の定めに基づき行われるべきである。また、他の方法を選ぶことが困難である公共性の高い空間における顔認証システムの利用は、利用者が同意しない場合、立法によっても容易に正当化されがたいことも考え合わせると、鉄道事業者による顔認証システムの利用は直ちに中止されるべきである。

 

 2021年(令和3年)11月25日

日本弁護士連合会
会長 荒   中

「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」について

 日本弁護士連合会は、表記の意見書を本年9月16日に承認し、翌日関係機関に発送しました。https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2021/210916.html
  日弁連は、2012年1月19日に「監視カメラに関する法的規制に関する意見書」で監視カメラに関する法律による規制の必要性、とりわけ官民を問わず、顔画像から生成されたデータベースとの自動照合による個人識別機能(顔認証システム)を使用することの禁止を提言しました。2016年9月15日には、「顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」を公表し、警察が顔認証システムを実用化したことに対して、重大組織犯罪の捜査等に限定するなどの内容の法律を制定して、コントロールする必要があると提言しました。
 しかし、その後も、コンサートチケットの転売防止目的や、店舗の万引き防止目的での導入が民間で普及し、行政機関においても活用され始めています。
 指紋の1000倍という認証精度を持つようになった顔認証データによる効率的な監視は、ひとたび誤れば特定人の過去から将来までの行動検索を可能とし、著しいプライバシー侵害となり得ます。
 少なくとも、警察以外の行政機関も、民間等でも、その利用には明文の法律による要件や基準の事前明示が必要であることを提言しました。また、①現在も活用が広がっている警察による顔認証捜査や、②顔認証システムの利用を前提とした、個人番号カードの健康保険証としての利用の中止、③個人番号カードを健康保険証、運転免許証等とひも付けることにより、さらに顔認証システムの利用範囲を拡大させることの中止を提言しました。
 JR東日本による、指名手配犯、「不審者」等に対する顔認証システム運用の報道と相まって、社会の関心が高まっています。
 欧米の民主主義国家と、「人権」や「法の支配」の価値観を共有し、国際協調を計れるよう、民主主義国家であればどんな国でも必ずなされている、市民に対する人権侵害を伴う行政機関(特に警察)の権力行使は、主権者の代表者が慎重に議論して決めた「法律」に従って行われるべきだというルール(=法治国家。その法内容が、人権制限が必要最小限度になる内実を備えていることを求める概念が「法の支配」)を守ることが必要です。
 行政機関が、自分の裁量で、自由自在に科学技術を行使して国民の監視ができる国家は、到底民主主義国家とはいえません。

除斥期間の適用を限定し、司法の役割を果たした最高裁判決-B型肝炎九州訴訟判決

「青年法律家」no604(2021.6.25)に掲載されました。巻頭に掲載していただきました。
1 はじめに
 2021年4月26日、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は、国の予防接種にもとづきB型肝炎ウイルスに感染した被害者のうち、慢性肝炎発症後いったん鎮静化した後に再発した被害者は、再発時から除斥期間の起算を開始すると判断して、被害者らの請求を棄却した原判決を破棄し、福岡高裁に差し戻しました(原審は損害額を判断せず棄却)。
2 B型肝炎訴訟における慢性肝炎被害者に対する除斥期間の問題
 B型肝炎訴訟は、6歳までの間にうけた国の集団予防接種の際にウイルスに感染させられたとして国家賠償を求めている裁判です。2006年6月16日、最高裁判所は、先行訴訟の5人の原告全員について、国の責任を認める画期的な判決を下しました。この判決も、慢性肝炎の発症は提訴の20年以内である被害者に対し除斥期間を適用した原判決を破棄し、2004年4月27日の筑豊じん肺訴訟最高裁判決(以下、「じん肺判決」)同様、予防接種時ではなく慢性肝炎の発症という損害発生時を除斥期間の起算点としました。
 その後も被害救済の責務を放棄した国に解決を求め、2008年に全国で集団訴訟を提起しました。厚労省前座り込みや国会での追求などをへて2011年6月28日、被害者認定基準と支給される和解金額の枠組み合意である基本合意を、全国原告団弁護団厚生労働大臣との間で締結しました。慢性肝炎被害者に対して、「発症後提訴までに20年を経過したと認められるもの」に対し、除斥期間の適用を前提として1250万円の損害賠償金を支給をせず、150万円または300万円の「政策対応金」を支給する内容が含まれていました。肝硬変や肝がんなどの重症の被害者の命のあるうちの迅速な救済を実現する必要性からの、苦渋の決断でした。和解を仲介した札幌地裁の裁判長も、国会での適切な解決を求めるとコメントしました。2011年秋の臨時国会で特措法ができる際も、原告団は「立法するなら除斥を乗り越えるべきだ」として区別の法定化に反対しました。
長い期間苦しんだ肝炎患者が、古いカルテが保存されていた偶然で切り捨てられる不合理などがあり、可能な限り除斥問題も乗り越えられるよう個別事例で闘ってきました。
3 B型慢性肝炎の可逆的損害における、確実に証明可能な将来損害
 B型慢性肝炎は、幼少期の感染によりキャリアとなった後、20代前後に免疫応答で肝炎を発症し、6ヶ月以上継続する病態です。年率10パーセント強でウイルス変異(セロコンバージョン)が起こり、数年の経過で鎮静化し非活動性キャリアとなります。自分が慢性肝炎を発症するか否か、それがいつかは不明なので、じん肺同様、その発症時は独立の除斥期間の起算点となります。他方、じん肺は、いったん発症すると、少なくとも同程度の症状は生涯継続する(不可逆的損害)ため、その限度での損害は発症時に確定します。しかし、さらに重症化するか否か、それがいつかが不明なため、労務管理上の法的区分である「管理区分」が進展すると、その時点が独立の除斥期間の起算点となります。
 B型慢性肝炎の場合、最初の発症時には、数年間の肝炎継続被害と、その後鎮静化して生涯非活動性キャリアが続く被害は確定的といえます。ところが、鎮静化した後、10%~20%の症例では肝炎を再発します。最初の発症時において、将来の抽象的な再発可能性はありますが、自分が確実に再発するかは不明であり、その時期も不明です。すると、肝炎鎮静化後の再発は、じん肺の管理区分の進展と同じく、最初の発症時とは独立の除斥期間の起算点となります。これが受理申立理由であり、認められました。
 原審(福岡高裁平成31年判決)は、合理的で自然な1審判決(福岡地裁平成29年判決)を無理矢理覆しました。それは、慢性肝炎という病態は全部1個だと言うだけで論理は不明でした。しかし、それでも2%未満という確率でしかひっくり返せないのが上告審です。
 私たちは、じん肺判決等の最判違反を中心として上告受理理由としました。補充書も5まで提出するとともに、要請行動を重ねました。
 最高裁判決の判断は概要以下の通りです。
 B型肝炎に関する知見によれば、①再発の肝炎(HBe抗原陰性慢性肝炎)は、慢性B型肝炎の病態の中でもより進行した特異なものと言うべきであり、②どのような場合に再発するのかは現代の医学ではまだ解明されておらず、③最初の慢性肝炎(HBe抗原陽性慢性肝炎)の発症の時点で、後に再発することによる損害の賠償を求めることも不可能であるから、再発の損害と最初の発症の損害とは質的に異なるものであって、再発の損害は、再発時に発生し、そのため除斥期間の起算点も再発時となる。
 「あらかじめ客観的に証明し得ない不確実な将来損害」は、現にその個人に生じたときに客観的に生じる、この理は最判昭42年7月18日で示されており、受理理由の一つとして挙げたこの最高裁昭和42年判決違反も、排除されませんでした。 「あらかじめ損害を請求し得ない時点」に、権利消滅のためのカウントダウンをすることは許されないという法理が示され、被害者を救済し、司法の役割を果たしたすばらしい最高裁判例といえます。
4 迅速かつ全体的な解決を
裁判長の補足意見では、満額支給が示唆された上、「極めて長期にわたる感染被害の実情に鑑みると、上告人らと同様の状況にある特定B型肝炎ウイルス感染者の問題も含め、迅速かつ全体的な解決を図るため、国において、関係者と必要な協議を行うなどして、感染被害者等の救済に当たる国の責務が適切に果たされることを期待するものである。」とされました。
 ほかに100名以上いる再発型の肝炎被害者のほか、2陣として福岡高裁に係属中の継続型事案(極めてまれな、鎮静化せず長期継続するもの)も含め、国に、「法の支配」に基づき除斥問題の迅速かつ「全体的な解決」(可能な限り除斥期間を適用しない)を求めていきます。

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

 本日、福岡県弁護士会で下記声明が発出されました。

 デジタル関連法案は、その膨大な量と参照のしにくさから、全体像を把握できている人は日本中にごくわずかしかいないのではないかと思われます。これまでの制度を全部ガラガラポンで一から作り替えるような壮大な改革ですが、懸念についてきちんと伝える報道が少なすぎるのではないかと思います。

 

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

1 はじめに

  本年3月,マイナンバーカードと健康保険証の一体化の試験運用が開始され,今秋にも本格運用が開始されようとしている。さらに,特別定額給付金の支給が迅速に行われなかったことの改善などを目的として,マイナンバーカードの積極的な活用を一つの柱とするデジタル関連法案が国会に提出され,すでに衆議院で一部修正の上承認され,参議院で審議されている。これらには,以下に述べる問題点がある。

2 マイナンバーカードの義務化について

 (1) 権利が義務になる問題点

健康保険証の一体化に加え,マイナンバーカードと運転免許証の一体化も,2024年度を目標として進められている。健康保険証については,現行のものを廃止することにより,政府は2022年度末にはほぼ全国民がカードを取得することを目標にしている。医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないのなら,利便性を求めるものの権利ではなく,事実上の義務化に逆転すると言うほかない。

  当会は,マイナンバー制度に対して,病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり,プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードが任意の制度とされている趣旨は,プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。事実上の義務化は,このプライバシー保護の根幹を犯すものとして許されない。

また,入力ミスにより,本人の患者情報が確認できない不具合のほか,他人の患者情報がひも付けされるなどの重大な問題事象が生じたため,本年3月の本格運用がいったん延期されている。本格運用がなされれば,同意を前提として患者の投薬状況等について照会が可能となるが,内容が誤っている場合,他の患者のプライバシーを侵害するばかりでなく,誤認により本人の適切な治療が妨げられる恐れすらある。ヒューマンエラーを前提とすると,利便性があるとは到底考えられず,生命健康の利益を上回るはずがない。

これに対し,健康保険証との一体化のメリットとして資格過誤の防止が挙げられているが,係る資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも,現行の健康保険証が併用されること,なりすまし防止のためには目視でもよいことからすると,患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックは過剰なプライバシー侵害として,いわゆる比例原則に反している。

さらに,法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを,日常生活で頻繁に利用され,携帯されることも多い健康保険証と一体化することは,制度的に矛盾しており,紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。

(2) 顔認証チェックの既成事実化について

   また,マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ,医療機関の窓口では,カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し,顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。

しかしながら,顔認証データは,指紋の1000倍の本人確認の精度があるため,我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが,その収集・利用が強制である場合,必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。

この点,当会は,2014年(平成26年)5月27日に,警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり,プライバシー侵害ばかりでなく,市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。

EU(欧州連合)では,GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ,空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても,同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。

我が国でも,顔認証チェックによる本人確認について,民間における顔認証データの利用場面においても,利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。

3 デジタル関連法案について

   また,すでに衆議院を通過し,参議院で審議中のデジタル関連法案は,当会が一貫して反対しているマイナンバーの利用拡張を内容とする預貯金口座の管理法案を含んでおり問題がある。

この点,デジタル関連法案には行政機関が保有する個人情報を,省庁の垣根を越えて共同でクラウド管理する(ガバメントクラウド)ことが含まれている。そのため,行政機関が保有する個人情報は,今後市民が知らない間にさらに自由に利用される懸念がある。現状でも,国が保有する個人情報について,匿名加工をして民間での利活用を図るとして,すでに国を被告とする訴訟の原告団情報が対象とされているとも言われている。

しかし,国が取得した情報は,国が自由に処分してよいわけではない。医師や弁護士が取得した情報は,守秘義務で守られ,勝手に処分されないルールにより,市民はプライバシー侵害を恐れずにサービスを受けることができるのである。

形式的には,ガバメントクラウドの対象となるのは,行政機関個人情報保護法の解釈で適合したと行政機関自身が判断したものとされるが,個人情報保護法適合性とは別の枠組みとして,プライバシー権侵害の必要性・相当性の観点から,不法行為が成立する可能性があることに配慮しておらず,適当ではない。国に対する市民の裁判を受ける憲法上の権利(憲法17条,32条)の保障に抵触する可能性すら考えられるのであり,到底許されない行為である。

現状の行政機関個人情報保護法においては,「相当の理由」さえあれば個人情報を本人の同意なく目的外利用できる条項が定められており,これを市民がチェックする機会もなくクラウドでさらに利用範囲を拡大することは危険を伴う。このようにプライバシー侵害を防ぎ得ず,拡大しかねないデジタル関連法案について,その危険性を十分に市民が理解していないまま成立させることには重大な問題がある。

そもそも,デジタル関連法案は,多くの法案と条文の変更を含んでいるにもかかわらず,全体像の主権者へのわかりやすい開示はなされておらず,リスクが周知されているとは到底言いがたい。当会としても,判明した問題点の1部を指摘できただけであり,全体像とその問題点には未だ解明できていない部分も残されている。

4 結論

よって,マイナンバーカード保有の事実上の義務化のみならず,法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは,重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり,許されない。

また,デジタル関連法案は,拙速な審議で可決されるべきではなく,参議院において否決され,廃案とされたうえ,十分な周知と主権者が同意・不同意を検討する時間が付与されるべきである。

             2021年(令和3年)5月6日

                       福岡県弁護士会会長 伊 藤 巧 示

 

 

B型肝炎九州訴訟最高裁判決

 本日15:00から、最高裁第2小法廷で、慢性肝炎を再発した被害者に対し、最初の慢性肝炎発症時を除斥期間の起算点としてその請求を棄却した原審福岡高裁判決を取消し、差し戻す逆転勝訴判決が出されました。以下、弁護団の声明です。

令和3(2021)年4月26日

全国B型肝炎訴訟原告団弁護団

 

声明

1 本日、最高裁判所第二小法廷(三浦守裁判長)は、集団予防接種における注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに感染し、慢性肝炎を発症し、沈静化した後に再発した原告らに対し、最初の慢性肝炎発症時を起算点として除斥期間(旧民法724条後段)を適用した福岡高等裁判所の判決を破棄し、逆転勝訴の判決を言い渡した。

  本判決は、除斥期間という時の経過による権利の制限を形式的に適用するのではなく、客観的に損害賠償を請求できるかという観点から除斥期間の適用を制限したものであり、被害者救済のために最高裁判所が司法の職責を果たした画期的な判決であって、高く評価できる。

2 本判決は、「どのような場合にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症するのかは、現在の医学ではまだ解明されておらず、HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時点で、後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症することによる損害の賠償を求めることも不可能である。」から、「HBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害は、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時に発生したものと言うべきである。」として、再発の肝炎による損害は、再発時が除斥期間の起算点となるとして、原告らの請求を認容した。

  あらかじめ請求できない損害についての請求をしていなかったことを、被害者の不利益に解釈してはならないという民法の本質から原判決を取り消したものであり、法理論としても重要な意義がある。

  本判決は、これまでの最高裁判例が、旧民法724条後段が除斥期間であることを前提としながらも、除斥期間の適用をできる限り回避して被害救済を行ってきた流れに即し、原告らの被害実態に向き合い、時の経過のみで国の責任を免じる不合理を許さないと判断した、まさに正義にかなった判決である。

3 さらに、裁判長の補足意見では、極めて長期にわたる感染被害の実情に鑑みると、上告人らと同様の状況にある特定B型肝炎ウイルス感染者の問題も含め、迅速かつ全体的な解決を図るため、国に協議を行うなどして感染被害者等の救済にあたる国の責務が適切に果たされることを期待するとされた。極めて的確な指摘である。

  上告人2名と同様の再発肝炎の被害者はほかにも111名、それ以外に除斥の肝炎を闘っている被害者も200名以上いる。これらすべての被害者に対し、国は加害者として誠実に向き合い、迅速に解決のための協議を行うべきである。

4 我々は、不合理な除斥の壁に立ち向かう被害者全員の救済を求めて、全国の原告団弁護団、支援者と一丸となって闘い続ける決意である。

以上

B型肝炎九州訴訟最高裁弁論

 本日14:00から、最高裁判所第2小法廷で、B型肝炎九州訴訟の口頭弁論期日が開かれました。

 上告人の平野裕之さんと、弁護団5名が、下記のテーマでそれぞれ意見を述べました。

上告人平野裕之さん:被害者の思い
栁優香弁護士:被害者の思い(上告人Bの弁論を代読)
佐藤哲之全国弁護団代表弁護士:総論
大津集平弁護士:筑豊じん肺訴訟最高裁判決等違反
私:昭和42年最高裁判決違反
小宮和彦九州弁護団代表弁護士:国賠法1条1項の解釈の誤り

私の弁論は下記の通りでした。

 最高裁判所は、基本的には書面審理であり、口頭弁論期日は滅多に開かれないため、弁護士は、最高裁の弁論期日や判決言渡期日に出頭すること自体が一生に何回もない、まして弁論の機会はもっとまれという状況です。緊急事態宣言は空けていましたが、コロナ状況下だったため、マスクでの弁論という変則的な形でした。

1 はじめに
私は、上告人Aさんのケースをもとに、原判決が最高裁昭和42年判決に反していることについて意見を述べます。
2 原判決は不可能を強いている。
Aさんは、1987年(12月9日)に肝炎を発症しました。
 インターフェロン治療を受け、まもなくセロコンバージョンして肝機能数値も正常になり、医師からは「もう大丈夫ですよ。」と伝えられました。
 肝炎が再発したのは、2007年(12月18日)で、最初の発症からは20年以上たっていました。高い薬を一生飲み続けることを医師から勧められ、いったん断りましたが2回目の入院であきらめ、飲む選択をして現在に至っています。
原判決は、Aさんに対して、裁判を起こしたのが2008年7月であり、最初に肝炎を発症したときから20年以上たっているから、除斥期間によりすでに損害賠償請求権は消滅していると判断しました。
 これに従うと、1987年の時点で、2007年の肝炎再発の損害もすでに発生していたと言うことになります。しかし、これはそもそも事実として正しいでしょうか。Aさんは、1987年の時点で、2007年の肝炎再発の被害について、裁判を起こしたら、再発の損害賠償金を勝ち取ることができたのでしょうか。残念ながら、不可能だったと言わざるを得ません。
 裁判では、その時点ですでに生じている結果と、将来確実に起こると証明できる損害に対する賠償請求しか認められません。確実に起こる損害にはおよそ80%程度の確からしさが求められますが、肝炎が将来再発する確率はせいぜい20パーセント程度なので、将来確実に起こる損害とは認定されないからです。
3 時効期間経過後の治療費請求を認めた最高裁昭和42年判決違反
昭和42年(7月18日)、時効について重要な最高裁判例が出されました。
 事故により右足関節を痛めた後遺症で内反足となった被害者が、治療のしようがないと医師からさじをなげられました。しかし、時効期間を経過した後に新しく適応となった皮膚移植術という治療を受けました。この新しい治療代を請求した裁判で、加害者が、「時効期間を過ぎた後の治療費を支払う必要はない」と主張したのに対して、最高裁は次の理由を述べて、請求を認めました。
「被害者としては、たとい不法行為による受傷の事実を知ったとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求するに由なく、ために損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちにその消滅時効が開始することとなって、時効の起算点に関する特則である民法724条を設けた趣旨に反する結果を招来するにいたる」
 最高裁は、後遺症の状態が変わらなくても、医学の進歩で有効な治療方法が開発されたら、たとえ時効期間が経過していてもその費用を加害者に請求してよいことを認め、その理由として、あらかじめ医学的根拠をもとにした請求ができないことを挙げました。
 Aさんの場合、最初の肝炎がいったん治まった後、再発の時には、病気の状態がより悪くなっています。けがの状態がそれほど変わらなかったこの事案より救済の必要性が高いと言えます。また、再発時には、核酸アナログ製剤という、最初の発症時には存在せず、将来開発され保険適用されるとは医学的根拠をもとに証明することができなかった新薬の治療代を支払い続けています。少なくとも新しい薬代の請求は当然に認められなければこの最高裁判例に反しています。
 被上告人は、答弁書で、この判例を、「不法行為と相当因果関係の範囲内にある全損害」が最初の損害発生時に発生しているという原則を打ち立てたものであり、消滅時効だから予見可能性で例外を認めたに過ぎず、除斥期間が問題となる本件とは無関係であると主張しています。
 しかし、この事例では、被害者の純粋な主観が問題とされたものではありません。判例解説では、「経験則上、未だ通常人の予見可能な範囲の損害であるとは認めがたく、(XにおいてC医師から)皮膚移植手術の必要を告げられその治療を受けた時(昭和36年6月)に、右手術の費用負担による損害が(Xに)発生し、(Xにおいて右)損害を知ったものと認めるのが相当」(栗山忍・最高裁判所判例解説民事篇昭和42年度329頁)とされ、新たな治療費の損害は、医学上の必要性が生じたときに初めて発生したととらえるべきことが示されています。不法行為時あるいは最初の損害発生時において、その発生の高度の蓋然性をあらかじめ証明できない将来損害は、客観的に存在しないから、その認識はそもそも問題とはならないのです。本件新薬の治療代も、最初の損害の発生時において客観的に確定している損害にあたらず、最初の損害とは別に評価されるべき損害であり、現に被害者が支出を迫られたときに、初めて損害として発生したものと扱うのが最高裁昭和42年判決の論理です。従って、この判例の意義を狭く主張する被上告人の主張は失当というほかありません。
4 最高裁昭和42年判決の論理は、本件においても妥当する。
平成16年(4月27日)に出された筑豊じん肺訴訟最高裁判決は、加害者の主張する除斥期間を過ぎた後にも請求を認める根拠について、「損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷である」と指摘しました。
この論理は、不法行為時、あるいは最初の損害発生時において、高度の蓋然性をもって将来生じることが証明できる確定的損害を超えた損害は、現に生じた時点において権利行使が可能になったものと扱わなければ不公平であることを示しており、最高裁昭和42年判決と全く同趣旨であると考えられます。
原判決は、Aさんが、2007年に肝炎を再発した後の入院代、昭和の時代には開発されていなかった新薬としての核酸アナログ製剤の費用、仕事を休んだ休業損害、肝炎のために無理をすることができないという日常生活の制限、このような被害を請求することはできないと判断しました。
 1987年時点においてはもちろん、2007年に再発する前には、将来再発した場合の治療代やその他の損害は請求できません。将来自分が確実に再発するとの医学的な証明ができないからです。
 他方で、2007年に現に再発した時点では、慢性肝炎の最初の発症からすでに20年以上経過しているとの一事をもって一切請求できないのであれば、再発した肝炎の被害に関する損害賠償請求をする機会は、どの時点においても本当に1日も、1秒すらも保障されていなかったことになります。
 このような結論が認められるのであれば、わが国には、正義もなければ、正義を実現する手段としての司法も、あるいは損害の填補と公平な分担を図るという不法行為制度自体も存在しないと言わなければなりません。
 Aさんが2007年に肝炎を再発したのは、まぎれもなく、幼少時の予防接種の際に、国が注射器の連続使用をしないよう指示をしなかったせいです。その責任は国も争っていません。
 国は、明白な加害者です。Aさんは明白な被害者です。肝炎を再発したのはAさんのせいではありません。国のせいです。
 裁判所におかれましては、「損害が発生した瞬間に、すでに請求権が消滅していて、絶対に請求ができない」という絶対的な不正義を許さず、何ら落ち度のない被害者が、再発した肝炎によって被った被害の償いを、再発した時点で認める、常識にかなった判断をされるよう、強く求めます。
                                 以上