除斥期間の適用を限定し、司法の役割を果たした最高裁判決-B型肝炎九州訴訟判決

「青年法律家」no604(2021.6.25)に掲載されました。巻頭に掲載していただきました。
1 はじめに
 2021年4月26日、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は、国の予防接種にもとづきB型肝炎ウイルスに感染した被害者のうち、慢性肝炎発症後いったん鎮静化した後に再発した被害者は、再発時から除斥期間の起算を開始すると判断して、被害者らの請求を棄却した原判決を破棄し、福岡高裁に差し戻しました(原審は損害額を判断せず棄却)。
2 B型肝炎訴訟における慢性肝炎被害者に対する除斥期間の問題
 B型肝炎訴訟は、6歳までの間にうけた国の集団予防接種の際にウイルスに感染させられたとして国家賠償を求めている裁判です。2006年6月16日、最高裁判所は、先行訴訟の5人の原告全員について、国の責任を認める画期的な判決を下しました。この判決も、慢性肝炎の発症は提訴の20年以内である被害者に対し除斥期間を適用した原判決を破棄し、2004年4月27日の筑豊じん肺訴訟最高裁判決(以下、「じん肺判決」)同様、予防接種時ではなく慢性肝炎の発症という損害発生時を除斥期間の起算点としました。
 その後も被害救済の責務を放棄した国に解決を求め、2008年に全国で集団訴訟を提起しました。厚労省前座り込みや国会での追求などをへて2011年6月28日、被害者認定基準と支給される和解金額の枠組み合意である基本合意を、全国原告団弁護団厚生労働大臣との間で締結しました。慢性肝炎被害者に対して、「発症後提訴までに20年を経過したと認められるもの」に対し、除斥期間の適用を前提として1250万円の損害賠償金を支給をせず、150万円または300万円の「政策対応金」を支給する内容が含まれていました。肝硬変や肝がんなどの重症の被害者の命のあるうちの迅速な救済を実現する必要性からの、苦渋の決断でした。和解を仲介した札幌地裁の裁判長も、国会での適切な解決を求めるとコメントしました。2011年秋の臨時国会で特措法ができる際も、原告団は「立法するなら除斥を乗り越えるべきだ」として区別の法定化に反対しました。
長い期間苦しんだ肝炎患者が、古いカルテが保存されていた偶然で切り捨てられる不合理などがあり、可能な限り除斥問題も乗り越えられるよう個別事例で闘ってきました。
3 B型慢性肝炎の可逆的損害における、確実に証明可能な将来損害
 B型慢性肝炎は、幼少期の感染によりキャリアとなった後、20代前後に免疫応答で肝炎を発症し、6ヶ月以上継続する病態です。年率10パーセント強でウイルス変異(セロコンバージョン)が起こり、数年の経過で鎮静化し非活動性キャリアとなります。自分が慢性肝炎を発症するか否か、それがいつかは不明なので、じん肺同様、その発症時は独立の除斥期間の起算点となります。他方、じん肺は、いったん発症すると、少なくとも同程度の症状は生涯継続する(不可逆的損害)ため、その限度での損害は発症時に確定します。しかし、さらに重症化するか否か、それがいつかが不明なため、労務管理上の法的区分である「管理区分」が進展すると、その時点が独立の除斥期間の起算点となります。
 B型慢性肝炎の場合、最初の発症時には、数年間の肝炎継続被害と、その後鎮静化して生涯非活動性キャリアが続く被害は確定的といえます。ところが、鎮静化した後、10%~20%の症例では肝炎を再発します。最初の発症時において、将来の抽象的な再発可能性はありますが、自分が確実に再発するかは不明であり、その時期も不明です。すると、肝炎鎮静化後の再発は、じん肺の管理区分の進展と同じく、最初の発症時とは独立の除斥期間の起算点となります。これが受理申立理由であり、認められました。
 原審(福岡高裁平成31年判決)は、合理的で自然な1審判決(福岡地裁平成29年判決)を無理矢理覆しました。それは、慢性肝炎という病態は全部1個だと言うだけで論理は不明でした。しかし、それでも2%未満という確率でしかひっくり返せないのが上告審です。
 私たちは、じん肺判決等の最判違反を中心として上告受理理由としました。補充書も5まで提出するとともに、要請行動を重ねました。
 最高裁判決の判断は概要以下の通りです。
 B型肝炎に関する知見によれば、①再発の肝炎(HBe抗原陰性慢性肝炎)は、慢性B型肝炎の病態の中でもより進行した特異なものと言うべきであり、②どのような場合に再発するのかは現代の医学ではまだ解明されておらず、③最初の慢性肝炎(HBe抗原陽性慢性肝炎)の発症の時点で、後に再発することによる損害の賠償を求めることも不可能であるから、再発の損害と最初の発症の損害とは質的に異なるものであって、再発の損害は、再発時に発生し、そのため除斥期間の起算点も再発時となる。
 「あらかじめ客観的に証明し得ない不確実な将来損害」は、現にその個人に生じたときに客観的に生じる、この理は最判昭42年7月18日で示されており、受理理由の一つとして挙げたこの最高裁昭和42年判決違反も、排除されませんでした。 「あらかじめ損害を請求し得ない時点」に、権利消滅のためのカウントダウンをすることは許されないという法理が示され、被害者を救済し、司法の役割を果たしたすばらしい最高裁判例といえます。
4 迅速かつ全体的な解決を
裁判長の補足意見では、満額支給が示唆された上、「極めて長期にわたる感染被害の実情に鑑みると、上告人らと同様の状況にある特定B型肝炎ウイルス感染者の問題も含め、迅速かつ全体的な解決を図るため、国において、関係者と必要な協議を行うなどして、感染被害者等の救済に当たる国の責務が適切に果たされることを期待するものである。」とされました。
 ほかに100名以上いる再発型の肝炎被害者のほか、2陣として福岡高裁に係属中の継続型事案(極めてまれな、鎮静化せず長期継続するもの)も含め、国に、「法の支配」に基づき除斥問題の迅速かつ「全体的な解決」(可能な限り除斥期間を適用しない)を求めていきます。