B型肝炎九州訴訟最高裁弁論

 本日14:00から、最高裁判所第2小法廷で、B型肝炎九州訴訟の口頭弁論期日が開かれました。

 上告人の平野裕之さんと、弁護団5名が、下記のテーマでそれぞれ意見を述べました。

上告人平野裕之さん:被害者の思い
栁優香弁護士:被害者の思い(上告人Bの弁論を代読)
佐藤哲之全国弁護団代表弁護士:総論
大津集平弁護士:筑豊じん肺訴訟最高裁判決等違反
私:昭和42年最高裁判決違反
小宮和彦九州弁護団代表弁護士:国賠法1条1項の解釈の誤り

私の弁論は下記の通りでした。

 最高裁判所は、基本的には書面審理であり、口頭弁論期日は滅多に開かれないため、弁護士は、最高裁の弁論期日や判決言渡期日に出頭すること自体が一生に何回もない、まして弁論の機会はもっとまれという状況です。緊急事態宣言は空けていましたが、コロナ状況下だったため、マスクでの弁論という変則的な形でした。

1 はじめに
私は、上告人Aさんのケースをもとに、原判決が最高裁昭和42年判決に反していることについて意見を述べます。
2 原判決は不可能を強いている。
Aさんは、1987年(12月9日)に肝炎を発症しました。
 インターフェロン治療を受け、まもなくセロコンバージョンして肝機能数値も正常になり、医師からは「もう大丈夫ですよ。」と伝えられました。
 肝炎が再発したのは、2007年(12月18日)で、最初の発症からは20年以上たっていました。高い薬を一生飲み続けることを医師から勧められ、いったん断りましたが2回目の入院であきらめ、飲む選択をして現在に至っています。
原判決は、Aさんに対して、裁判を起こしたのが2008年7月であり、最初に肝炎を発症したときから20年以上たっているから、除斥期間によりすでに損害賠償請求権は消滅していると判断しました。
 これに従うと、1987年の時点で、2007年の肝炎再発の損害もすでに発生していたと言うことになります。しかし、これはそもそも事実として正しいでしょうか。Aさんは、1987年の時点で、2007年の肝炎再発の被害について、裁判を起こしたら、再発の損害賠償金を勝ち取ることができたのでしょうか。残念ながら、不可能だったと言わざるを得ません。
 裁判では、その時点ですでに生じている結果と、将来確実に起こると証明できる損害に対する賠償請求しか認められません。確実に起こる損害にはおよそ80%程度の確からしさが求められますが、肝炎が将来再発する確率はせいぜい20パーセント程度なので、将来確実に起こる損害とは認定されないからです。
3 時効期間経過後の治療費請求を認めた最高裁昭和42年判決違反
昭和42年(7月18日)、時効について重要な最高裁判例が出されました。
 事故により右足関節を痛めた後遺症で内反足となった被害者が、治療のしようがないと医師からさじをなげられました。しかし、時効期間を経過した後に新しく適応となった皮膚移植術という治療を受けました。この新しい治療代を請求した裁判で、加害者が、「時効期間を過ぎた後の治療費を支払う必要はない」と主張したのに対して、最高裁は次の理由を述べて、請求を認めました。
「被害者としては、たとい不法行為による受傷の事実を知ったとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求するに由なく、ために損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちにその消滅時効が開始することとなって、時効の起算点に関する特則である民法724条を設けた趣旨に反する結果を招来するにいたる」
 最高裁は、後遺症の状態が変わらなくても、医学の進歩で有効な治療方法が開発されたら、たとえ時効期間が経過していてもその費用を加害者に請求してよいことを認め、その理由として、あらかじめ医学的根拠をもとにした請求ができないことを挙げました。
 Aさんの場合、最初の肝炎がいったん治まった後、再発の時には、病気の状態がより悪くなっています。けがの状態がそれほど変わらなかったこの事案より救済の必要性が高いと言えます。また、再発時には、核酸アナログ製剤という、最初の発症時には存在せず、将来開発され保険適用されるとは医学的根拠をもとに証明することができなかった新薬の治療代を支払い続けています。少なくとも新しい薬代の請求は当然に認められなければこの最高裁判例に反しています。
 被上告人は、答弁書で、この判例を、「不法行為と相当因果関係の範囲内にある全損害」が最初の損害発生時に発生しているという原則を打ち立てたものであり、消滅時効だから予見可能性で例外を認めたに過ぎず、除斥期間が問題となる本件とは無関係であると主張しています。
 しかし、この事例では、被害者の純粋な主観が問題とされたものではありません。判例解説では、「経験則上、未だ通常人の予見可能な範囲の損害であるとは認めがたく、(XにおいてC医師から)皮膚移植手術の必要を告げられその治療を受けた時(昭和36年6月)に、右手術の費用負担による損害が(Xに)発生し、(Xにおいて右)損害を知ったものと認めるのが相当」(栗山忍・最高裁判所判例解説民事篇昭和42年度329頁)とされ、新たな治療費の損害は、医学上の必要性が生じたときに初めて発生したととらえるべきことが示されています。不法行為時あるいは最初の損害発生時において、その発生の高度の蓋然性をあらかじめ証明できない将来損害は、客観的に存在しないから、その認識はそもそも問題とはならないのです。本件新薬の治療代も、最初の損害の発生時において客観的に確定している損害にあたらず、最初の損害とは別に評価されるべき損害であり、現に被害者が支出を迫られたときに、初めて損害として発生したものと扱うのが最高裁昭和42年判決の論理です。従って、この判例の意義を狭く主張する被上告人の主張は失当というほかありません。
4 最高裁昭和42年判決の論理は、本件においても妥当する。
平成16年(4月27日)に出された筑豊じん肺訴訟最高裁判決は、加害者の主張する除斥期間を過ぎた後にも請求を認める根拠について、「損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷である」と指摘しました。
この論理は、不法行為時、あるいは最初の損害発生時において、高度の蓋然性をもって将来生じることが証明できる確定的損害を超えた損害は、現に生じた時点において権利行使が可能になったものと扱わなければ不公平であることを示しており、最高裁昭和42年判決と全く同趣旨であると考えられます。
原判決は、Aさんが、2007年に肝炎を再発した後の入院代、昭和の時代には開発されていなかった新薬としての核酸アナログ製剤の費用、仕事を休んだ休業損害、肝炎のために無理をすることができないという日常生活の制限、このような被害を請求することはできないと判断しました。
 1987年時点においてはもちろん、2007年に再発する前には、将来再発した場合の治療代やその他の損害は請求できません。将来自分が確実に再発するとの医学的な証明ができないからです。
 他方で、2007年に現に再発した時点では、慢性肝炎の最初の発症からすでに20年以上経過しているとの一事をもって一切請求できないのであれば、再発した肝炎の被害に関する損害賠償請求をする機会は、どの時点においても本当に1日も、1秒すらも保障されていなかったことになります。
 このような結論が認められるのであれば、わが国には、正義もなければ、正義を実現する手段としての司法も、あるいは損害の填補と公平な分担を図るという不法行為制度自体も存在しないと言わなければなりません。
 Aさんが2007年に肝炎を再発したのは、まぎれもなく、幼少時の予防接種の際に、国が注射器の連続使用をしないよう指示をしなかったせいです。その責任は国も争っていません。
 国は、明白な加害者です。Aさんは明白な被害者です。肝炎を再発したのはAさんのせいではありません。国のせいです。
 裁判所におかれましては、「損害が発生した瞬間に、すでに請求権が消滅していて、絶対に請求ができない」という絶対的な不正義を許さず、何ら落ち度のない被害者が、再発した肝炎によって被った被害の償いを、再発した時点で認める、常識にかなった判断をされるよう、強く求めます。
                                 以上