日弁連秘密保護法意見書

2014年9月19日付の意見書が、9月22日付で執行されたと、本日公表されました。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2014/140919.html

特定秘密保護法の廃止を求める意見書
2014年(平成26年)9月19日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
 本法は,廃止されるべきである。
 本法には,制定のために必要な立法事実が認められない。また,その内容は,本法の施行令(案)や「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準(仮称)(案)」等及びその修正を考慮しても,国民の知る権利を侵害し,情報公開制度や国会の行政監視機能を阻害するおそれは,何ら払しょくされていない。しかも,本法制定に当たっては,十分な国民的な議論が尽くされたとは言えない。
 したがって,まずは本法を廃止し,制度の必要性や内容について,あらためて国民的な議論を行うべきである。また,仮に,国民的な議論を経た上で法律が必要とされる場合であっても,ツワネ原則に則し,国民の知る権利及びプライバシーの保護の規定を明文化すべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
 当連合会は,本法に対して,法案段階から再三にわたって反対の意見を表明してきた。その主な理由は,本法は,?「特定秘密」の範囲が広範であり,また極めて曖昧であること,そのため,?「特定秘密」の指定に当たって,行政の恣意が働く余地が極めて広いこと,?このような情報が漏えいすることに関して,処罰範囲が広く,国会の行政に対する監視機能が空洞化するおそれが高いこと,かつ,刑罰が重いことから,言論の自由,知る権利を侵害するおそれが大きいこと,?取扱者の適性評価制度は,プライバシー侵害性が極めて高いことなどであった。
 また,政府は,2014年7月24日に本法施行令(案)及び「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準(仮称)(案)」等(以下「運用基準案等」という。)を公表し,パブリックコメントを実施し,運用基準案等を一部修正したが,当連合会が指摘した上記各問題点は,そもそも本法そのものの持つ欠
陥であり,この運用基準案等及びその修正を考慮しても,上記各問題点を克服できていない。また,後述するように,本法の制定過程において,国民的な議論が尽くされていないとの問題点は,この運用基準案等について実施されたパブリックコメントの手続によって治癒されるものではない。
2 立法事実の欠如
 当連合会は,2011年に「政府における秘密保全に関する検討委員会」の下に設置された「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という。)において秘密保全法制を必要とする事情(立法事実)として紹介された「主要な情報漏えい事件等の概要」を検討し,本法の必要性がないことを明らかにした(2013年9月12日付け「『特定秘密の保護に関する法律案の概要』に対する意見書)。そこでは,国家秘密の漏えいで実刑とされた事件はボガチョンコフ事件1件のみであり,しかも,その後,秘密情報の取扱に関する運用改善や,自衛隊法改正による防衛秘密制度の設置等の対策が既になされていることを指摘している。
 また,本法成立後の情報公開請求の結果により,2011年9月内閣情報調査室が本法の素案について内閣法制局と協議において,内閣法制局より「立法事実が弱いように思われる。防衛秘密制度を設けた後の漏えい事件が少なく,あっても起訴猶予のため,重罰化の論拠になりにくい」と指摘されたこと及び「ネットという新たな漏えい形態に対応する
必要がある」という内閣情報調査室からの説明に対しても,「ネット(経由の漏えいの危険)と重罰化のリンク(つながり)が弱いのではないか」と指摘された(2014年8月17日付け毎日新聞)ことが明らかになった。
 以上のとおり,当連合会や内閣法制局が指摘するように,本法には制定の必要性を裏付ける立法事実は存在しない。
3 主権者国民による判断の必要性
 本法は,国会で審議が開始されたのちも,衆議院においては,政府側からの答弁に不一致や変遷が起きるなどして審議が混乱した。また,2013年11月25日に福島県で開かれた公聴会では,出席者全員が法案の内容に反対ないし懸念が示されており,慎重な審議がなされるべきであったにもかかわらず,みんなの党及び日本維新の会からの修正案を取り入れた4党修正案についてもわずか数時間の審議しか行われず,採決が強行された。
 参議院においても,参考人や公述人の多くから反対意見や問題点を指摘する意見が述べられたにもかかわらず,十分な検討がないまま,短時間の審議で採決が強行された。
 このように,本法は,内容のみならず,制定手続においても国民主権・民主主義の理念を踏みにじっていると言わざるを得ない。
 本法は,主権者たる国民の基本的な権利である知る権利が侵害されるおそれや,プライバシーが侵されるおそれが問題とされているのであるから,本法がそもそも必要であるか否かを含む国民的な議論が不可欠である。このような議論なくして本法が施行されることは,国民主権・民主主義を否定することになる。したがって,まずは本法を廃止し,あらためて国民的な議論を尽くすべきである。
4 ツワネ原則を満たさない本法の問題点
 2014年7月26日に国際人権(自由権)規約委員会が日本政府に対して出した本法に関する勧告意見においても,?本法が秘密指定の対象となる情報について曖昧かつ広範に規定されている点,?指定について抽象的要件しか規定されていない点,?ジャーナリストや人権活動家の活動に対し萎縮効果をもたらしかねない重い刑罰が規定されている点について憂慮が示され,イ)特定秘密に指定されうる情報のカテゴリーが狭く定義されること,ロ)情報を収集し,受取り,発信する権利に対する制約が適法かつ必要最小限であって,国家安全保障に対する明確かつ特定された脅威を予防するための必要性を備えたものであること,ハ)何人も国家安全保障を害することのない真の公益に関する情報を拡散させたことによって罰せられないことが保証されなければならないと,指摘されている。これらの指摘は,自由権規約第19条によって保障される表現の自由・知る権利と国際的に承認された国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)に基づくものである。
 当連合会も,本法がこのツワネ原則に則した法案の見直しが必要であるとの意見を繰り返し述べてきた(2013年11月15日付け「特定秘密保護法案に反対し,ツワネ原則に則して秘密保全法制の在り方を全面的に再検討することを求める会長声明」等)。
 当連合会は,仮に国民的議論の結果,本法の制定が必要とされた場合であっても,民主主義国家として,国民の知る権利やプライバシーの保護のために,次に掲げる事項について法律で明文化することが不可欠であると考える。
(1)国民の情報アクセス権を制限する正当性の証明が政府の責務である原則の明示(原則1,4)
(2) 政府が秘密にしてはならない情報の明示(原則10)
 違法秘密,擬似秘密,公益通報の通報対象事実の指定禁止規定が必要不可欠である。また,その実効性を確保するためには,オバマ大統領令13526号5.5条のように,適切な秘密指定に反する情報の機密化,または機密化の継続も,不正開示と同様に制裁(Sanction)の対象とすべきである。
(3) 秘密指定が許される最長期間の明示(原則16)
 法4条4項各号の60年超の例外事由の存在が問題である。
(4) 国民が秘密解除を請求するための明確な手続規定(原則17)
(5)全ての情報にアクセスできる独立した監視機関の設置(原則6,31〜33)
 法律の明文で独立行政委員会を設置し,全ての情報にアクセスできる権限と,不当な秘密指定の解除を実施できる権限を付与し,協力しない行政機関又は担当者に対する行政罰を定めるなど,強力な調査権限を付与すべきである。
 本法には,本文に第三者機関の根拠規定が存在せず,かつ,政令の下に設置されようとしている独立公文書管理監(仮称)等にこのような権限が欠けていることは明らかである。
(6) 内部告発者の保護規定(原則37〜46)
 そもそも,民主主義社会における国家秘密の保護は,主権者である国民が知るべき情報が不当に秘匿され,その意思決定が歪められない前提で行われなければならない。
 その意味では,国による違法事実が隠ぺいされたり,それを知らなければ政治過程を歪めるおそれのある重要な事実が隠ぺいされないよう,国民の知る権利に奉仕すべき情報公開に向けた活動が,秘密保護の遵守に劣らない価値のものであることを明記すること,すなわち,適切な内部告発は積極的に奨励する条項の策定が必要である。
 少なくとも,本来なされるべき内部告発が,不利益処分や,そのおそれにより萎縮してなされなくなることは避けるための制度設計を,法律の明文で行うことが不可欠である。
(7)一般国民が秘密情報を求めたり入手したりしたという事実を理由にした刑事訴追をされないことを保障する規定(原則47,48)
5 結語
 以上のとおり,本法は,制定のために必要な立法事実が認められず,内容においても,国民の知る権利やプライバシーを侵害するおそれがあり,その点はこの度公表された運用基準案等及び一部修正を考慮しても何ら払しょくされていない。
 さらには,本法制定過程において,制定の必要性の有無を含む国民的な議論が尽くされたとは言えない。
 したがって,当連合会は,まずは本法を廃止し,あらためて法律の必要性を含めた国民的議論を行い,仮にその法律の必要性が認められた場合にも,ツワネ原則に則して,国民の知る権利やプライバシーの権利を保障することが明文化される必要があると考え,意見を述べる次第である。
以 上