ストリートビュー訴訟結審

5月9日14:00に、福岡高等裁判所で、福岡市内の20代女性が、グーグル社のストリートビューによる、無断での洗濯物の撮影・公表行為を違法であると訴えた訴訟の控訴審の口頭弁論が開かれ、結審しました。
判決言い渡し期日が7月13日13:10と指定されました。
結審に当たり、私は以下の意見を述べました。

1 無線LAN情報の違法取得
4月に提出した準備書面で、グーグル社が無線LAN情報の違法取得を行った問題を指摘しました。
 グーグル社は、ストリートビューサービスのために町中を走って写真撮影している間、町中の無線LANでの情報を収集していました。最初はメールなどの通信内容は収集していないと説明していましたが、フランスの第三者機関が調査したところ、通信内容はおろか、パスワードを含む秘密情報も網羅的に収集していることが分かりました。フランスは10万ユーロの罰金を課しました。
 この件について、韓国ではグーグルのアメリカ本社を立件したと報道されています。
 他方、アメリ連邦通信委員会は、この件につき2万5000ドルの罰金を命じたものの、収集自体は違法ではなく、グーグル社が調査を意図的に遅らせたことに対する罰金であると報道されています。
 プライバシー侵害に関して、アメリカにおける違法性判断と、それ以外の世界中の国における違法性判断は異なっています。
2 アメリカでは、ぼかしなしの撮影・公表も適法
ストリートビューは、2007年、アメリカでサービスが開始されました。
 2007年6月4日のIT media Newsで、以下の記事が配信されています。
 「サンフランシスコでは、通りの角に鼻をほじっている男性がいる。スタンフォード大学には、ビキニで日光浴をしている女子学生たちがいる。マイアミには、中絶医院の外でプラカードを掲げている抗議団体がいる。その他の都市でも、アダルト書店に入っていく男性や、ストリップクラブから出てくる男性の姿が見える。
 この機能は高解像度写真を提供し、ユーザーは街の通りを歩くように360度でリアルに景色を見られる。
 だが、恥ずかしい場面や不名誉になる場面が映っているかもしれないことから、Googleは世界をもっとアクセスしやすくするための最新の取り組みで行きすぎてしまったのではないかという疑問を招いている。」
アメリカでは、恥ずかしい映像も、当初、顔にぼかしがかかっていないままの状態で世界中に公開されました。それでも、この論点に関しては、訴訟大国なのに、アメリカでは1件も裁判は起こされていません。アメリカでは、公道における肖像権は保障されておらず、自己責任なのであり、民間事業者がどう利用しようが問題はないのでしょう。
 このような割り切ったプライバシー権の考え方についても、アメリカの価値基準と、それ以外の世界中の価値基準は異なっています。
3 Data subjectのとらえ方
EUデータ保護規則案をめぐる4月以降の主張のやりとりの中で、最も特徴的だったのは、おととい、グーグル社から提出された書面に書かれていた、EUデータ保護規則の翻訳です。
 1995年に制定されたEUデータ保護指令や、現在その強化策が提案されているEUデータ保護規則案では、他人の個人情報を収集・利用する事業者と、収集・利用される側の個人との関係について、基本的には、収集・利用される個人を主人公と見て、「データ主体」と名付け、収集・利用する事業者は、対象となる個人に対し、何の目的で、どのように使用するのかについて同意を得た場合など、正当な理由がある場合にしか収集・利用ができないことを定めています。
 つまり、プライバシー権に関して、主人公はあくまでも個人であり、それを収集・利用しようとする事業者は、個人情報を適切に取り扱う義務を負う義務主体ということになります。
 ところが、グーグル社は、本件でいえば、控訴人本人に当たる市民、つまり、個人情報を突然撮影され、公表される多数の市民を指す「データ主体」を指す「Data subject」という言葉を、「データ対象者」と翻訳しました。
 プライバシー権の帰属主体、主人公を指すはずの言葉を、単なるデータ処理の対象ととらえる考え方はいびつです。
 わが国で公表されている翻訳で、このような主客転倒させたものを見たことはありません。
 プライバシー保護、さらには電子社会の進展により、もっと徹底した自己情報コントロール権の保護が必要であると世界中に認識されている中で、グーグル社のこのような認識は、時代錯誤というほかありません。
 このような考え方が、アメリカで一般的なのかどうかは分かりませんが、少なくともアメリカ以外の世界中で受け入れがたい考え方であることは間違いありません。
4 グーグル社の実力と社会的責任
 グーグル社は、民間企業ではありますが、控訴人のような名もなき市民と比べると、全く比較にならないくらいの力を持っています。
 2006年1月時点での株式時価総額は15兆6000億円で、半導体大手のインテルを抜いて、アメリカハイテク業界で2位、マイクロソフトの2分の1でした。手持ち資金は9000億円とされています(「グーグル」 佐々木俊尚 文春新書)。
 2007年11月には、ヤフーを超えて時価総額約26兆円(2200億ドル)に成長しました(「グーグルが日本を破壊する」 竹内一正 PHP新書)。
ストリートビューサービスを展開しようとするだけでも、普通の市民には到底負担しきれない高額なコストがかかっていることでしょう。
 撮影対象となる名もない多数の市民を「データ対象者」と呼びたくなるかもしれませんが、未曾有の大規模な個人情報の収集・利用を行う事業者としては、対象となる市民を国際標準に従って、「データ主体」とよび、権利主体にふさわしい対応を行うことこそが、社会的責任として求められていることではないでしょうか。
 知らないうちに私生活が撮影され、世界中に公表されるという事業がなされる場合、対象となる何万人、何十万人という市民の中には、そのような行為を脅威に感じる方がいるはずです。その方が感受性の高い方であるにせよ、精神疾患で通院している方であるにせよ、著しく傷つけることがあり得るということは十分に予測可能なことです。
少なくとも、世界中に公表することを前提として写真撮影を始めてしまう前に、いつ、どの地域を撮影するのかを知らせる程度のことは簡単にできることではないでしょうか。
 EUで行われている、この程度の配慮すら、わが国ではする必要がないと言うことなのでしょうか。それによって、控訴人のような弱い立場の市民を傷つけることにグーグル社は何らの痛痒も感じないのでしょうか。
5 司法の役割
今回、グーグル社は、「総務省の指導について適正に対応して」いると主張しました。
 総務省の提言の最大の問題点は、ストリートビューに対する多数の地方議会からのプライバシー権侵害であるとの指摘に対し、問題とされた事業者の担当者自身をWGのメンバーにして、判断を下していることです。
 東京都情報公開・個人情報保護審議会で、担当者として説明した藤田一夫氏が、グーグル株式会社ポリシーカウンシルという立場で参加しています(乙14号証の2p52。ただし、グーグル社は、この担当者の意見は「ビジネス上の観点から発言したにすぎず、被控訴人の法的見解として発言したものではない」と主張した)。
 総務省は、いわば、告発の対象となっている事業者自身を裁判員として参加させる裁判員裁判で、ストリートビューサービスの適法性にお墨付きを与える評決を行いました。
 しかし、本件は、市民が権利侵害を訴えた裁判なのであり、被告である事業者を、あたかも公正中立であるかのように取り扱う判断はなされるべきではありません。グーグル社も、行政機関の判断と司法判断が異なりうることは当然に理解できるはずです。
控訴人が生活している福岡は、日本は、グーグル社の本社があるアメリカではありません。公道におけるプライバシー権はすべて放棄されたものとして取り扱ってよいというルールは認められていません。
 プライバシーとして保護されるものは、?私生活上の事実で、?一般人が公開してほしくないと思うことがらで、?一般にまだ知られていないことがらであるというのが、わが国における確立した判断基準です。
 裁判所におかれましては、控訴人の訴えが、名もなき多数の日本人の声を代弁しているものであると言うことをご理解頂き、わが国におけるプライバシーの考え方がアメリカとは異なることを前提とし、せめてEUなみに、撮影前にいつどの場所を撮影するかの告知を行って事業を展開するなど、これ以上同じような被害者が出ないようにプライバシーに配慮した、運用改善がなされるきっかけになる判断を出されるよう求めます。