ドイツ調査旅行 その3

 9時30分から、ミュンスター市内の法律事務所で、網目スクリーン事件訴訟の弁護団の弁護士から聞き取りを行いました。
 網目スクリーン事件とは、州警察法で許容されていた網目スクリーンという捜査方法を、違憲違法であるとして、違法確認訴訟が行われたものです。
 その事案は、9.11テロの実行犯の一人が、ハンブルグ大学にいたことがあったため、他にも、アルカイダを支援している学生が、ドイツの大学に潜伏している可能性があるので、捜査をしようと言うことで、州警察が、州内にある大学や、州の住民登録局、連邦の外人登録局などに対して、膨大な情報を請求して、情報を収集したものです。
 その具体的な内容は、アラブ系の住民で、飛行機の操縦技術や、化学の専門知識を有している学生・従業員等の情報をすべて提供せよ、と求めるものです。
 ドイツの刑法では、海外でテロ行為をしている団体に、ドイツ国内から支援する行為は処罰規定がないため、犯罪捜査としてではなく、将来犯罪が行われることをあらかじめ予防するということのために、捜査を行うという規定が適用されました。
 しかし、このために1600万人いる州のうちのべ450万人の情報が集められ、最終的に要注意とされた人数は1100人になりました。このようにして捜査がなされた学生が原告として、裁判に立ち上がりました。
 州の裁判所では、全ドイツ人が捜査対象とはなっておらず、アラブ人だけが対象とされていて必要最小限度であるとして、適法としました。しかし、連邦憲法裁判所は、連邦または州の存続や安全に対する現実かつ緊急の危険が存在しないとして、実施された網目スクリーン捜査を違憲違法としました。
 EUでは、テロ対策のために、多少の自由が無くなっても我慢しようと言う動きが強まっています。テロが起こった場合に被害の大きさに目が奪われて、市民生活が大幅に不自由になる傾向があります。しかし、この判決は、膨大な個人の情報が集まれるためには、ある程度具体的なテロの嫌疑が必要であるとした点に最大の意義があります。
 ミュンスターから電車でデュッセルドルフへ移動し、14:30から、ノルトライン=ヴェストファーレン州データコミッショナーを訪問しました。
 データコミッショナーとは、データ保護監察官がいる事務所のことで、データ保護監察官とは、行政機関が行う個人情報の収集や利用について、必要最小限度を超えた取り扱いがなされていないかを調査し、必要な場合は、是正のための勧告を行うことのできる独立した監督機関です。ドイツの16の州のうち、この州を含めた7つの州は、州の行政機関だけでなく、州内の民間団体の個人情報の収集や利用についても監督しています。この州のデータ保護監察官であるベッティナ=ゾコルさんは、前職が裁判官で、連邦憲法裁判所の調査官の経験もある方です。
 ここでは、3名の担当者の方からドイツにおける監視カメラ規制について聞き取りを行いました。
 ドイツでは、公的に通行可能な領域(公共の場所、公共の施設、民間の店舗など)においては、通行する人のプライバシーを上回る必要性がない限り、監視カメラによる常時録画は禁止されています。
 特に、公道においては、市民には取り締まり権限がないため、録画機能付きの監視カメラの設置は禁止されています。唯一許容されているのは、犯罪の予防を権限とする州警察であり、その場合には、そこが犯罪多発地帯であることを警察が証明しなければなりません。この州には、わずか4カ所にしか、公道の監視カメラは存在しないとのことでした。
 ほかにも、ごみ処分場で、市民がきちんと分別しているかどうかを監視するためのビデオの設置は、必要性が、プライバシーを上回るとは言えないとの理由で、許されないとの判断が出され、設置されませんでした。ケルン市が渋滞防止のために設置するという監視カメラは、レンズの性能を、ナンバープレートや人の顔が分からないものにするという条件を付けて許可しました。
ドイツにおける個人情報の取り扱いへの監督が厳しいのは、ナチスの経験や、東ドイツの秘密警察の経験の反省の上に立っているからだということでした。
 日本でも、戦時中に特高警察という政治警察が、人の思想を取り締まるために市民を監視して捜査していたという同じ経験があるわけですが、調査メンバー全員で、「どうして日本とドイツはこう違うんだろう。」と議論しました。
 聞き取り後、デュッセルドルフ市内の監視カメラ設置個所を案内してもらって撮影し、その後ボンに移動して宿泊しました。
 夜9時を過ぎてもまだあたりは明るく、異空間な感じを味わいました。