九弁連シンポ「報道の自治を考える」

 12月2日13:00から、西南学院大学法科大学院において、九弁連シンポ「報道の自治を考える」が行われました。
 私は、このシンポジウムの企画書を提出し、パネリスト折衝、記者のアンケート分析、パネルディスカッションの進行案の検討などを行い、当日はパネルディスカッションの司会を務めました。
 冒頭で、上智大学の田島泰彦教授から、報道の問題点として、規制にさらされ、萎縮し、積極的な取材活動を行う記者が守られない体制があること、事件報道が過剰になっており、かつ発生時の報道に集中しすぎており、調査報道がなされていないことの指摘がありました。そして、権力を監視することこそがメディアの役割であり、捜査のチェックをしなければならないのに、秋田事件では、女児の死因に対するチェックがなく、警察の誤った情報操作に踊らされていたことや、その結果男児が殺害される事態に至っていることなどを厳しく指摘されました。
 続いて、記者のアンケート集計を分担した西南学院大学の平井さんから、記者のアンケート分析が発表されました。記者は、被害者の匿名報道の希望には柔軟に対応するものの、被疑者・家族への対応は消極的であること、メディア・スクラムに関しても、被疑者・家族に対しては同様の傾向があることなどが指摘されました。
 パネルディスカッションでは、桶川ストーカー事件の遺族である猪野京子さんから、繰り返し繰り返し行われる実名報道によって、匿名の誹謗中傷の手紙が殺到し、ただでさえ傷ついているところに2重3重に苦しめられた経過が話されました。少なくとも、繰り返される実名報道によって、遺族が苦しむことについての認識だけは持って、責任のある報道をしてほしいという訴えがなされました。
 八尋光秀弁護士からは、佐世保事件の遺族代理人としての活動から、遺族が事件直後に静かな時間を持つことの重要性と、その確保のたいへんさが話されました。また、衝撃的な事件の取材に傾くことなく、社会的意義のある一見小さな事件にねばり強く取り組む必要性があることの例証として、しゅん君事件を指摘されました。
 西山太吉さんからは、外務省機密漏洩事件において、それまで取材行為を支持してきたメディアが、起訴を契機に突然一斉に批判するようになり、結果として国民の利益を侵害する行為が容認される結果を招いたこと、権力監視の役割を放棄したメディアの対応が、その後も禍根を残していることなどを指摘されました。
 会場の記者からは、続報や写真が出ることについて、遺族が衝撃を受けると言うことへの理解がすぐにできなかったこと、被害者、遺族の声に耳を傾ける必要性があることの指摘や、メディア・スクラムにならないために、町が対象となる家族とメディアの間に入った事例の報告などが行われました。
 そして、八尋弁護士から、報道機関が自治を守るためには、自らの過ちを自分で見つけ、改めることによって、信頼関係を回復する必要があることが指摘されました。また、西山さんからは、メディアが権力の側にたっていること、それはメディアの役割に反するものであって、市民からの信頼が得られないことが指摘されました。
 それぞれのパネリストの、体験に根ざした具体的な意見を聞くことができ、匿名発表(事件発生時に、被害者保護の名目で、被害者の個人情報について、警察が、メディアに対し全く明らかにしないこと)を招いたことや、それに対する世論が盛り上がらない原因として、メディアによる権力批判という活動の不十分さがあることが明らかにされたことなど、意義の多いシンポだったのではないかと思います。