毎日新聞、日経新聞社説(B型肝炎訴訟)

今朝の毎日新聞と、日経新聞で、B型肝炎訴訟に関する社説が出されています。
毎日新聞の社説は、この裁判に対する深い理解に基づいたすぐれた社説です。
日経新聞の社説は、すぐに増税論を口に出す政府に対する厳しい批判です。
今後の政府、国会で十分検討される必要があります。

毎日新聞社説:B型肝炎和解協議 国の信頼取り戻すため

 社会を守るために国が義務付けた予防接種でB型肝炎に感染した人が大勢いる。死亡したり重症の肝硬変になった人もいるが、国は何ら救済してこなかった。06年に最高裁判決で国の責任が確定してからもである。たしかに感染した人すべてが発症するわけではなく、予防接種が原因と立証するのが難しい人もいる。何よりも巨額の賠償金が必要になることが国をためらわせてきたのだろう。そして、私たちもそういう国を黙認してきたのである。

 B型肝炎訴訟の和解協議がようやく合意に達した。国が責任を認めた上で正式に謝罪し、賠償金として慢性肝炎などの発症者(死亡者を含む)1人当たり1250万〜3600万円、未発症者には50万円、発症から20年以上たった慢性肝炎の人には150万〜300万円を払うことなどが決まった。救済対象は最大で約43万人、所要額は3兆2000億円(厚生労働省試算)に及ぶとも言われる。国家賠償請求訴訟では過去に例のない規模である。

 戦後の保健医療行政の最大の課題は感染症対策だった。国家的損失を防ぐため社会防衛の見地から予防接種を義務化し、違反者には罰金も科していた。94年の法改正で任意接種になるまで、私たちは予防接種で誰もが感染するリスクがあった。感染しなかったのは運がよかっただけである。社会防衛のための義務接種で感染症の多くが克服できたのだとすれば、恩恵を受けた側に被害者を救済する責務があるのは当然だ。

 一方、一つの注射針を複数の接種者に使うと感染リスクが高まることは以前から指摘されていた。予防接種法が施行されて約40年間も注射針の使い回しをやめる措置を徹底しなかった行政当局の責任を改めて指摘しないわけにはいかない。自民党政権下で長年放置してきたツケでもある。賠償金の財源規模はたしかに大きいが、与野党が協力して救済に当たるべきだ。

 和解合意書には第三者が加わった検証機関を設置することも盛り込まれた。医療の専門家のほかB型肝炎訴訟の原告や弁護士も参加し、行政の問題点や医療現場の問題などを検証する。悲惨な薬害を生んできた産官学の癒着構造は決して過去のものではない。肺がん治療薬「イレッサ」を巡る訴訟では、東京・大阪両地裁の和解勧告に懸念を示す声明を出すよう、厚生労働省幹部らが関係学会に要請していたことがわかり厳重注意処分を受けたばかりだ。

 B型肝炎で亡くなった人、闘病している人、発症の恐怖と向き合ってきた人……それは私たち自身だったかもしれないのだ。国の信頼を取り戻すため、もう逃げてはなるまい。



日経新聞社説:肝炎和解、すぐ増税は筋違い

2011/6/25付

 集団予防接種の注射器使い回しが原因として、2008年以降、全国10地裁で患者や遺族ら700人以上が国に損害賠償を求めてきたB型肝炎訴訟が、全面決着に向かう。

 札幌地裁で開かれた和解協議で、原告側と国側の双方が、国の責任を認める和解内容で最終的に合意した。近く基本合意書に署名し、菅直人首相が原告らに直接謝罪する。これによって45万人と推計される感染被害者の救済に向けた道が開く。

 国は、死亡患者を含む発症者に1人当たり最大3600万円、未発症者には50万円、発症から20年以上たって賠償請求権がなくなった慢性肝炎患者には150万〜300万円の和解金などを支払う。

 感染症の流行が抑えられるなど、集団予防接種の利益は社会全体が得ている。その予防接種を受けたために肝炎に感染した人たちを救済することは理解できる。難題は、今後30年間に約3兆円と見込まれる和解金などをどう捻出するかだ。

 健康被害に関する行政訴訟で、政府の支払いがこれだけの巨費になるのは異例だ。菅政権は当初の5年間に必要な1兆1千億円分を所得税増税などでまかなう方針という。広く国民全体で負担を分かち合うやり方にも一理はある。しかし、政府の過ちのツケをすべて納税者に転嫁するのは、順番が違う。

 注射器使い回しの危険性が分かっていたのに、是正を怠った旧厚生省幹部、実際に予防接種を手がけた医療界や医師などが、まず責めを負うのが筋だ。行政責任を認めるからには、政府が保有する施設や官舎を売ったり、必要性が薄くなった事業をやめたりするなどして、できるだけの財源を確保すべきだ。

 それでも新たな国民負担は避けられまい。行政の過ちがもとで、なぜ増税のやむなきに至るのか。被害者に謝るだけでなく、広く納税者に意を尽くして説明し、理解を求める責務が首相にある。

 今回の合意には、感染防止を怠った行政や医療現場の問題点を調べる第三者機関の設置が盛り込まれた。政府はこれを誠実に実行して、結果を広く明らかにすべきだ。国民負担は、真相究明と再発防止の努力があって初めて納得できる話である。